I don’t want to miss a thing.
第1章 …I'll be there for you.
その日からも何かにつけて、西園寺先輩は教室へとやってきた。
「ねーねー、聞いてよ隆くん。彼氏がね……」
とか
「隆くん、今度部活見に行ってもいい?」
とか。話題は色々。
今の席順じゃ、入口付近で仲良く話す2人の姿は、私がどこかへ行かない限り嫌でも目に入ってしまうし、2人の会話も聞きたくなくても耳に入ってしまう。
やけに甘く響く西園寺先輩の声が、嫌に耳にまとわりついて、私はまた大きな溜息をついた。
別に、西園寺先輩には彼氏がいるし、単に仲のいい先輩後輩で何も私が不安に思う要素なんてないのかもしれない。
そもそも、彼女でもない私が嫉妬とかする権利もないし。
そんなことを考えれば、またしても自然と零れる溜息。
私は薄暗く靄がかかった心を抱えて、楽譜片手に、音楽室へと急いだ。
「ねーねー、今度俺とも遊んでよ。」
「いくらでヤらせてくれんの?」
渡り廊下を歩いていれば、そんな訳わからない下品な声をかけられた気がする。
ジワジワと身の回りを取り囲みだした嫌な気配に、私は気が付かないフリをした。
音楽室に足を踏み入れれば、いつものように誰もいなくて、私はようやくホッと胸を撫でおろす。
鍵盤を叩けば、変わらない澄んだ音がポーン…と音楽室中に響いた。
いくつもの美しい和音を重ねていけば、さっきまで心で鳴り響いていた不協和音は鳴りやみ、私の胸に優しくて温かい音色が染みわたっていくようだった。
まるで澄んだ水に全身を包まれているような
美しい陽の差し込む海の中でうたた寝をしているような
そんな穏やかな心地よさが全身に広がって、私は瞳を閉じる。
「…もしかして、魚って、実はめちゃくちゃいい生活してるんじゃない?…まぁ捕食されなきゃの話だけど。」
なんて、そんな馬鹿な事を考えれば、クスクスと笑みが零れた。
ピアノに、音楽に、私はいつだって救われている。
音楽に触れている時だけは、嫌なことを忘れることが出来るから。
いつだって素直な私でいさせてくれるから。
私は、音楽に対し改めて心から感謝の意を告げるように、賛美歌の譜面を広げると、音符に合わせて小さな手を動かした。