火光 − かぎろい − 【鬼滅の刃 / 煉獄杏寿郎】
第32章 《番外編》浅縹のひかりに願いを
「…今日は、ありがとう。
ふみのさんと過ごせて、嬉しかった」
そう笑って話す杏寿郎だったが、
ふみのにはすこしだけ淋しそうに映った。
自分が余計なことを言ってしまったからだと、
ふみのは先程の言動を悔いていた。
「…杏寿郎さん、本当にごめんなさい。
私…っ」
「ふみのさん、
本当に気にしないで欲しい。
俺も突然、すまなかった」
「い、いえ…」
ふみのの中で、何かが引っ掛かる。
でもその正体は、全く分からなかった。
ふみのは杏寿郎に礼を伝えると車を降り、
マンションのエントランスの扉を開けた。
くるりと振り返れば、
車内にいる杏寿郎が手を振っていた。
ふみのもそれに笑みを返して、手を振った。
扉をゆっくり閉めると、車の発進音が聞こえ、
遠くなっていった。
杏寿郎さんの 悲しそうなお顔
初めて見た…
やはり、ふみのの中で
何かが引っ掛かる。
私 は
何 かを
何 を
忘れて い る─────…?
これは、一体、何なのか。
考えても、思い出そうとしても、
纏わりつく煙を掴むようで、
何も見えない。見えて、こない。
ふみのは、大きな息を吐いて、
玄関のドアを開けた。
・・・
気づけば、
八月も最終週に入っていたが、
猛暑は相変わらず続いていた。
杏寿郎がふみのと会ってから
かれこれ一ヶ月弱ほど経っていた。
「で、あれから一ノ宮には会ってないと?」
「…ああ」
夏休み中の日直が重なった杏寿郎と天元は、
クーラーの効いた職員室のデスクにいた。
「ふみのに、…申し訳ないことを言ってしまった」
「でもさ、話し聞く限り、
一ノ宮自身にも、
どこか思うところがあるんじゃねーの?
だって、"ここじゃないどこか"って
聞いてきたんだろ?」
杏寿郎は、ふみのと車内で
交わした話しを天元に話した。
「…そうだが、
それは単なる偶然やもしれん」
「でもよ〜、偶然でも、
そんなふうに聞かなくね?普通。
…やっぱし、なんかあんだよ、きっと。
一ノ宮にも、何か」
「……」