火光 − かぎろい − 【鬼滅の刃 / 煉獄杏寿郎】
第32章 《番外編》浅縹のひかりに願いを
ふみのはスマホで地図アプリを開くと
杏寿郎に画面を見せた。
「成程、すぐ近くですね。
では、向かいます」
「ありがとうございます…!
よろしくお願いします。
…あっ、あの、すみません…っ」
「ん?」
ふみのが慌てて
鞄からハンカチを取り出した。
「ごめんなさい、袖が…っ!
私のせいで濡れてしまって…っ」
ふみのは、シフトレバーを握る
杏寿郎の袖についた水滴を拭ってくれた。
「ありがとうございます。
…すまない、大事なハンカチを濡らしてしまった」
「いえ!大丈夫ですよ!
お洋服に跡が残らなくてよかった…!」
ふみのの変わらないその優しさに
杏寿郎の目尻が下がる。
「では、こちらのパン屋に向かいます」
「はい!ありがとうございます!
よろしくお願いします…!」
杏寿郎はゆっくりとアクセルを踏むと、
車を発進させた。
・・・
「…雨、すごいですね。
梅雨じゃないみたい…」
「ああ、本当に。
寒くはないですか?」
「はい、大丈夫です!
ありがとうございます!」
助手席に座るふみのは
窓にぱちぱちと当たる雨粒を見つめていた。
杏寿郎のすぐ隣には、
当たり前のように
いつも傍にいてくれたふみのがいる。
ふみのの長い睫毛は、
不規則に瞬きを繰り返していた。
何故か不思議と
少し前まで感じていた寂しさや悲しみが
薄れていくような気がした。
今、このような形でも、
ふみのに出会えた喜びに
杏寿郎は浸っていた。
不思議だ
その瞳も笑顔も声も
何一つ変わらないのに
今ここにいるふみのは
俺の知るふみのではないのだ───
見えてきた交差点の信号が赤に変わり、
車はゆっくりと停止した。
「…あっ、私、
一ノ宮ふみのといいます…!
すみません、名乗りもせずに…っ。
えと、…" 煉獄さん "、でしたよね!」
くるりとふみのが杏寿郎に振り向いた。
「……、ああ、そうか、
先日の申込書に…、」
「す、すみません!
初めてお見かけした苗字で、
覚えてしまいました…っ」
ふみのに初めてそう呼ばれ、
自分の名前なのに
そうではないような気がしてしまう。