火光 − かぎろい − 【鬼滅の刃 / 煉獄杏寿郎】
第29章 蒼海の天水に光るは
「今日もとっても元気ね」
陽だまりが照る縁側に腰掛けるふみのの腹には
杏寿郎の大きな掌がのる。
「ああ、日に日に胎動が
大きくなっているように感じる。
今から稚児(ややこ)に会えるのが
楽しみでならんな…!」
嬉しそうに目を細める杏寿郎に
ふみのも笑みが溢れた。
「うん…!
次の桜は、三人で見られるのね。
今から楽しみね…っ!」
「ああ。
これから一緒に、
沢山のものを見に出かけよう」
「とうさまもかあさまも、
楽しみに待っているからね。
ゆっくり、おおきくなってね」
二人の声に応えるように赤子は
ぽこんっ、とふみのの体を揺らした。
そしてふみのが臨月を迎えると
予定とされていた日よりも半月ほど早く
その日が訪れた。
杏寿郎は産気付いたふみのを見て、
すぐさま蝶屋敷へと要を飛ばした。
ふみのは初産であったにもかかわらず、
陣痛の間隔が瞬く間に早まり、
カナヲとアオイが駆けつけた時には
いつ生まれてもおかしくない状況だった。
カナヲはすぐにお産の準備に取り掛かった。
初めて経験する声も出せないほどの痛みに
ふみのの掌には爪が食い込む。
額にかく汗が首筋にも伝った。
杏寿郎は別室にて待機していたが、
ふみののその様子を見て
不安を隠せない。
陣痛が更に小刻みになるものの、
産道が狭く子の頭部がつっかえてしまい、
ふみのは何度も息みを繰り返すも
なかなか赤子が下がりきらなかった。
そのあまりの激痛に
ふみのの意識が朦朧とし始める。
当時、お産に男が立ち会うことは
あまり良しとしていなかったが、
カナヲは別室で待つ杏寿郎を呼び、
ふみのの介助を願い出た。
皆の掛け声に合わせて
懸命に息むふみのの手を
杏寿郎は必死で握った。
そしてカナヲが到着してから一時間後、
赤子の元気な産声が家中に響き渡った。
「ふみのさん、煉獄さん、
おめでとうございます…!
元気な女の子ですよ…っ!」
アオイは木綿の布に赤子を包み腕に抱きかかえると、
ふみのの隣にそっと添わせた。
ふみのは呼吸を整え、
ゆっくりと目を開け傍らを見る。
視界に映る生まれたばかりの赤子に涙を流した。