火光 − かぎろい − 【鬼滅の刃 / 煉獄杏寿郎】
第26章 火光
その男性──狛治は、
女性の額から手拭いを取ると、
水を張った桶に浸し、きつく絞った。
「そんなふうに思わないでください。
…“恋雪”さんが元気になってくれたら
それだけで充分です」
そう言って、その額に手拭いを置く。
「いつも…ありがとうございます。
狛治さん…っ」
その女性──“恋雪”は潤んだ瞳で微笑むと
また目を閉じて眠りについていった。
…恋…雪…?
自然と口に出た、彼女の名前。
何故か、鼓動が早まる。
そして熱のせいなのか、
恋雪と呼んだ女性の頬は
ひどく熱っていた。
狛治は、目を瞑る恋雪をじっと見つめた。
ただそれだけで
心が満たされていくようだった。
雪のように白く透明な彼女の肌は
まるで積もったばかりの深雪のようだ。
触れば壊れてしまいそうで
狛治はその美しさに見惚れていた。
狛治は後ろに向きを変え、
縁側から庭先を見た。
部屋の風鈴がちりんと鳴り、
夏の日差しが地面をじりじりと照り付けていた。
時折、部屋へと通る風が心地よい。
「狛治」
ふと庭に現れた男性に声を掛けられた。
「すまないな、また恋雪が熱を出しちまって…」
「いえ。夏風邪は拗らせてしまうと大変ですから。
後で粥を作ろうと思います」
「ああ、ありがとう。
薬も効いてくれるといいんだが。
…お前の稽古の時間も割いてしまったな…」
「お気になさらないでください。
また恋雪さんが元気になったら、
手合わせをお願いします、“師範”」
師範と呼ばれた男性は、
嬉しそうににっこり笑うとその場を後にした。
そうだ
俺はこの人に助けられて
此処に住まわせて貰って…
恋雪さんと出会ったんだ────
少しずつ当時の記憶が蘇り、
狛治はぼうっと、真夏の空を見上げた。
ああ
懐かしい夏の匂いだ
入道雲が空一面に大きく湧き上がり、
庭の向日葵は陽に向かって見事に花開いていた。
こんな気持ち
いつぶりだろう
ちりんと再び風鈴が鳴り、
狛治は掌を見つめると、静かに目を閉じた。
…あれ…ここは…?
ふみのは気付くと、地面に横たわっていた。