火光 − かぎろい − 【鬼滅の刃 / 煉獄杏寿郎】
第21章 希(まれ)を込め、想う ˖☽°.*
二人は手を取り、離れを後にした。
温泉は男女に分かれており、
ふみのと杏寿郎の他に誰も人はいなかった。
ほんのりと白く濁った湯からは、
深みのある丁字の香りが立ち上る。
温泉は、源泉が直接湧き出ているのにも関わらず、
鋭い熱さはなく、膚になめらかに馴染み、
つくつくと心地よい温度が
身体の芯へと伝っていくようだった。
(…いいきもち)
ふみのはあたたかい湯に身を委ねる。
空はまだ明るく、秋風がするりと肩を撫でていく。
(……あれ…?)
右腕に僅かだが、
感覚が鮮明になっていくように感じた。
湯の中で、指先に意識を集中させる。
( …! )
ほんの少しではあったが、
指先が内側に動いたのだ。
(これって…
温泉の効能なのかしら…!)
まだ完全ではないが、
自分の身体が回復に向かっていることに
ふみのは胸が熱くなった。
可能性は まだある
私は まだ 戦える
日輪刀と光の呼吸の真相が明らかになり、
そして自分自身にも僅かな変化が見えてきた。
それはふみのの自信へと繋がってゆく。
日がゆっくりと傾き始め、
茜色を濃くしてゆく。
ふみのは湯から上がると
熱った身体を拭き、
浴衣を着て羽織を身に纏った。
「杏寿郎…?
一つ、提案なんだけど…」
温泉から戻り、二人は書斎の本棚から
好みの本を探していた。
「ん?どうした?」
「…あのね、食事のことなんだけど…。
隠の方に運んでもらうのではなくて、
食材を…ここに持ってきてもらうのは、
どうかなって」
「食材を…?
つまり此処で調理をするということか?」
「うん。勿論作っていただいたお料理も嬉しいのだけど、
…折角、一緒にいられる時間を過ごせるから、
その、もし良かったら…、
杏寿郎に、色々作ってあげたいなって思って」
「…!」
少し恥ずかしそうに話すふみのの手を
杏寿郎はそっと握った。
「ふみのの想いは嬉しいが…、
それはふみのの腕の負担にはならないか?」
「! そんなことないわ!大丈夫よ。
…好きな人に、自分のお料理を食べてもらえるって
すごく嬉しいもの。
…ここでの時間をね、
杏寿郎と暮らすように
過ごせたらいいなって…」