火光 − かぎろい − 【鬼滅の刃 / 煉獄杏寿郎】
第15章 下弦の壱、そよぐ勿忘草 ˖☽°.*
ふみのの視点が漸く合うと
そこには見覚えのある天井が広がる。
朦朧とする意識のせいか
そこが蝶屋敷であると認識するのに
少々時間がかかった。
目だけを動かし、辺りを見る。
ふみのは寝台に寝かされていた。
人の気配を感じ、
ゆっくりと横に顔を向けると
千寿郎が椅子に腰掛け、
うつらうつらと眠っていた。
(千寿郎くん…、
ずっと側にいてくれたの…?)
夜明けが近いのか
部屋の中が薄らと明るい。
耳が遠いような感覚と
鈍い痛みが残る体を
ふみのはゆっくりと起こした。
頭が激しく重い。
腕には点滴から伸びる幾つもの管が繋がる。
(蓮の、ところに…
行かなくちゃ…っ)
ふみのは腕に繋がれた管を
勢いよく引き抜いた。
管から薬液が滴り、
腕からも僅かに血が垂れていく。
ふみのは病衣姿のまま、
覚束無い足取りで蝶屋敷を抜け出した。
鬼の毒がまだ残っているのか、
目眩がふみのを襲う。
足が気怠く、思うように歩けない。
ふみのは自分が
何処を歩いているのかも
分からなくなっていた。
家々の塀に手をつきながら、
もたれるようにふみのは歩き続けた。
どれぐらい、歩いただろうか。
呼吸も苦しくなり、ふみのは
躓くようにその場に倒れた。
「…つっ……」
ふみのが体を起こそうと
地面に手をつくと、頭上からわさわさと
葉が擦れ、揺れる音が聴こえた。
ゆっくりと顔を上げると、
そこには大きな欅の木が
風に揺れていた。
そこはふみのと蓮が
いつも待ち合わせをしていた場所だった。
ふみのの目から静かに涙が伝う。
「…蓮……」
もう、蓮は、いない
いなくなってしまった
もう、蓮の笑顔も、その声も
見ることも、聞くことも、できないなんて
ふみのはその場に蹲り、
泣き崩れた。
すると、ふみのの頬を
何かが掠め、違和感が残る。
ふみのは顔を上げ、頬に手を当てると
掌には、青く、ちいさな花が乗っていた。
ふと欅の木に目を向けると
ふみのは目を見開く。
欅の根本にひっそりと、
ちいさくも可憐な、
勿忘草が咲いていた。
「…っ!」