第110章 黒鉄の魚影
「兄貴に知らせねぇと!」
そう言ったウォッカが備え付けの電話の受話器に手を伸ばした。
『……シェリーは』
それを遮るように声を上げると全員の視線が私に向いた。声が震えないように両手を強く握る。
『あの子はベルツリー急行で死んだはずよ。それを確認したのはベルモットとバーボンよね?』
「……ええ、そうね」
『列車の爆発に巻き込まれたんでしょう?まさか、彼女がそんな状況から脱出したとでも?とてもそんな芸当ができる子じゃないわ』
ジンに知られるのはまずい。どうにかしてそれを阻止したいのに。
「だが、あの女は科学者だし何か手があったのかも……どちらにせよ兄貴に」
そう言って番号をプッシュするウォッカ。状況がこれじゃなければ電話ごとぶち抜いてやったのに。今私がそれをやればこの子がシェリー本人だと言うようなものだ。
舌打ちをしそうになり唇を噛む。ウォッカが電話に向かって叫ぶ声にどんどん焦りが募っていく。
「へへっ、さすがは兄貴だ」
ウォッカが受話器を戻して笑った。
「……攫うつもり?」
キールがそう問いかける。電話の感じからしておそらくジンがそう言ったのだろう。という事はジンはこちらに合流するのだろうか。
「私はお断り」
「ああっ?」
ベルモットの言葉にウォッカが声を上げる。
「計画にない事はすべきじゃないわ。老若認証を改ざんして、過去の防犯カメラの記録から私達の痕跡を消す。それがボスの命令よ」
「同感ですね。予定外の動きは、計画の失敗を招きます」
「私も遠慮するわ。こんな状態だし」
3人が揃って不参加の意志を示す。視線は向けられずとも意識は私に向けられている事に気づいてため息をついた。
『私もパス。亡霊に振り回されるのはこりごりだもの』
そう言いながらちらりとバーボンを見ると小さく肩をすくめられた。
「最初からお前らと組むつもりはねぇよ。これはピンガにやらせる」
「あのピンガが貴方の言う事を聞くかしら」
「ラムの言う事なら聞くはずだ……」
会話を聞きながらどうすべきか考える。
この様子じゃ志保は間違いなく拉致されてしまう。それでも、ここからどうにか逃がしてあげられれば……しかし、この広い海に簡単に放り出す事はできない。
何か策を考えないと……タイムリミットはジンが合流するまでだ。