第97章 忘れられないように※
ガッシャーン!!
蹴り飛ばされた椅子が壁にぶつかって大きな音を立てた。
「……ここまで来て怖気付いたか、無能共が。あの女も消しておくべきだったな」
地を這うようなジンの声にこの場にいる全員が口を噤む。ウォッカは青ざめた顔色だし、いつもなら声を上げるキャンティは黙ったまま。コルンはいつも以上に口を固く閉じている。
「連絡がつかない以上、期待するべきではありません。が、予定は変えられません。3人も欠けるとなると工作員を使わざるを得ないでしょう」
「チッ……」
ラムの指示に対してか、ジンの舌打ちは妙に大きく響いた。
昨日バーボンとキールが任務に出て以降2人と音信不通。そして、今日の明け方にはベルモットの秘密が組織内にリークされた。ジンがその事を問い詰めるためにベルモットに連絡してみたものの、それもまた繋がらなかったようだ。
作戦まであと3日。この状況であれば、普通なら計画を中断し練り直すべきなのだろう。でも、そうはいかないのだ。その日でなければ意味がない。あの方がそれを望むならどんな理由があってもそれを変えるわけにはいかない。
「……3人とも死んだんでしょうか」
「それはねぇ。このタイミングだ、寝返ったと考えるのが筋だろ。そこから情報を得て攻め込んでくるはずだ」
『……そうね。司法取引をすれば命までは取られないだろうし』
公安もFBIも、組織の情報はどんなものでも欲しいはずだ。だから、たとえ工作員であっても易々と殺すような事はしないだろう。
「でも、工作員なんか使えるのかい?ろくに殺った事がないヤツらばかりだろ?」
「ハナからそんな事期待しちゃいねぇ。最優先はあの方の安全だ」
「……あぁ、なるほどね」
質より量。何もできないとしても、時間稼ぎくらいにはなるはずだ。あの方ともう1人……ラムかジンがそばにいれば。あの方の望みは叶えられるはずだ。
「随時指示はします。数日間、警戒は怠らないようにしなさい。万が一、消えた3人を見かけたら必ず始末を」
ラムの指示に各々が返事をして部屋を出ていく。全員ピリピリしている。
本当によかったんだろうか。今更すぎる考えが頭をよぎった。もう戻れないのに……それなら今、私がすべき事をしなければ。
私はどうなっても構わない。捕まるくらいなら死んだ方がいい。組織以外に居場所はないから。