第86章 純黒の悪夢
「聞いたかもしんねえけど……それだけか?」
「わからなければ警戒したくてもできないし、そもそも亜夜姉を警戒する理由なんてないし」
「ちょっと待て、亜夜姉ってなんだよ」
「そう呼んでるの。言ってなかったかしら?」
「聞いてねえ……」
「で、どうするの?連絡先教えてくれるの?」
「……監視と発信機、盗聴器を付けてもいいなら考えてやる」
「そんな大層な話するわけないでしょ。それともレディの話を盗み聞きしたい趣味でもあったの?」
「ばっ、ちげぇよ!何かあったら困るだろ!」
「まあ、心配なのもわからなくはないし。じゃあ、教えてくれるのね」
「仕方ねえな……」
スマホの連絡先の画面を開いて灰原に渡す。しばらく操作したあと返されたそれを受け取る。
「……」
連絡先の画面を眺めて嬉しそうに微笑む灰原に言葉が詰まった。これは早めに昴さんに相談しないとな。
「教えたんだから、あの人の事教えてくれ」
「何が知りたいのよ」
「何ができるのか、どのくらいの地位なのか、なんでそんなに気を許してるのか……どうしてあの組織にいるのかも」
「そうね……亜夜姉はなんでもできたわ。銃の扱い方教えてくれたの彼女だし。爆弾の設置も任される事多いみたいよ」
「爆弾か……そんな事言ってたな」
「コードネームはあるけど、結構人当たりが良くて研究員の相談に乗ったりしてたわね」
「……」
「亜夜姉がいなければお姉ちゃんに会う事もほとんどできなかったわ。監視の名目でそばにいたけど普通にお茶して話してたし、秘密も守ってくれたわ。もう1人の姉みたいな感じ。それと、彼女があの組織にいる理由に関しては詳しくは知らないわ。それについてはあまり話したがらなかったし。助けられた、みたいな事は言ってた気がするけど」
「……あの人がこちら側につくことってねえかな」
ボソッと漏れた呟きを灰原は鼻で笑った。
「無理よ。抱えてる秘密は多いでしょうけど、完全に寝返るなんてありえないわ……彼女がジンから離れるなんて、そんな事するわけない」
「……」
「もういいかしら」
そう言って地下室へ向かう灰原の背中を見送りながら考えた。
俺も直接聞きたい事がある。あの日、蘭と園子を助けてくれた理由を。灰原や俺に手を出さない事も。