第86章 純黒の悪夢
早朝にアジトへ戻ってきた。緊張しながら自室のドアを開けたがそこにジンはいなくて、安心したような少しガッカリしたようななんとも言えない気持ちになった。
警察庁へ向かうのは夜遅い時間だし余裕はある。もしかしたら使うかもとライフルの手入れをして……それでも時間はまだある。少し寝ようか……クッションの上で寝たせいか、体が軋む気がする。
ライフルのバッグをソファに立てかけて、ベッドへ向かった。そこで、ドアの開く音がして反射的に振り返る。
『あ……』
そこにあったジンの姿に体がビシリと固まった。目を背けたくても、睨んでくるその視線から逃れる術は思いつかないし、ただ呆然と突っ立っていることしかできない。
「……変更の連絡は」
『えっ、あ、昨日キュラソーから……でも、車は私が……』
出せた声は思いのほか小さくて、少しだけ震えていた。
「……」
『……それだけ?』
「ひとまずはネズミの始末だ。それが終わったら全部話してやる……絶対逃げるなよ」
ジンの言葉にコクコクと頷く。それだけ言い残してジンは出ていって、私は糸が切れたようにベッドに座り込んだ。
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『はぁ……』
車内に微かなため息の音が漏れる。あの後結局寝ることができなくて、何度も同じことを繰り返すばかりだった。
話ってきっとフィノって人の事だよね……ベルモットに聞いただけでもかなり辛かったのに、ジンからそれを聞かされるなんて耐えられるだろうか。
『はぁ……』
さっきからため息が止まらない。こういう時に限ってタバコは切らしているし。
すると、コンコンと助手席側の窓が叩かれた。そちらを見ると、黒髪の女性が。ドアが開けられてするりと乗り込んできた。
「こんばんは、マティーニ。浮かない顔ね」
キュラソーの声にフッと笑いをこぼした。
『まあ、いろいろあってね……にしても、印象変わるわね』
キュラソーの綺麗な銀髪や左右で色の違う瞳は、全て黒で塗りつぶされている。
「私の容姿だとどうしても目立ってしまうから」
『そうかもしれないけど、私いつもの貴女の方が好きよ』
「あら、ありがとう。そろそろ出れるかしら?」
『うん』
キュラソーに会うのはアイリッシュの一件以来。少しだけ身構えていたけど、案外普通に話せて安心した。
『警察庁に侵入だなんて、それだけNOCの疑いがある人がいるのね』