第8章 私には得られない存在
『明美!こっち!』
「亜夜!元気だった?」
『もちろん。貴女も元気そうでよかった』
「その格好も似合うね。普段と違いすぎて驚いたけど」
写真を撮られた件によって、プライベートの外出時は変装している。事前に明美には写真を送っておいてよかったと思う。
明美と志保と初めて会った日から2年経った。どうにか都合を合わせるよううにしているけど、任務もあるので明美とは月1回会えたらいい方。志保はなかなか帰ってこれないので電話で話すくらい。それでも、声を聞けるだけで嬉しい。
組織に来て4年。以前より外出も自由にできるようになったし、免許も取った。今日は車を近くの駐車場に停めて待ち合わせ。
「あ、ここのお店。紅茶が美味しいって有名なの」
『そうなの?それは楽しみ』
お店に入って席に着く。メニューに書かれた紅茶の種類がとても多い。
『これは……迷うね』
「そうだね……」
しばらくメニューを眺めて、ダージリンを頼んだ。
『……それで、何かいいことでもあったの?』
「え、わかる?」
『当たり前よ。いつもより幸せそうな顔してるし』
「そう?そう言われると照れるな……」
『で?何があったの?』
「……彼氏ができたの」
顔を真っ赤にして答える明美。予想した答えではあるけど、少し心配。
『どこで会ったの?組織の人?』
「……前に事故起こしたって話したでしょ?その時に怪我させちゃった人なんだけど……」
『ちょっと待って、そんなことある?』
組織の人間ではないことに安心したけど、それにしても出会い方が特殊すぎる。スパイ……そんな不安が頭をよぎる。
「すごくいい人なの……優しいし、頭もいいし」
『……明美が納得してるならいいんだけど』
こんなに幸せそうな明美を見るのは初めて。そうは言っても明美も組織の人間。関わる相手が万が一スパイだったら、彼女の身も危ない。
『その人のこと、教えてくれないかな』
「……やっぱり調べるの?」
『うん。万が一のことがあったら、貴女も危ないから……幸せなところ申し訳ないんだけど』
「大丈夫、仕方ないよね」
悲しそうな顔。胸がギュッとなるけど、組織のためだ。
「……彼の名前は、諸星大。歳は26。黒の長髪でニット帽を被ってる」
『わかった。ありがとう、教えてくれて』
「うん。何もないことを信じてる」