第75章 亡霊
自分でも驚くほど低い声が出た。
『貴方に、誰が、何を、言った?』
「それも言えません。用がそれだけなら帰っていただいても?」
バーボンはそう言って立ち上がった。意地でも話さないつもりだろう。
『指示をだしたのはあの方かもしれないけど……情報を流さないようにしたのはその人ではないわよね?』
「……さあ」
『ベルモット?ジン?』
「……」
『話せ』
立ち上がってバーボンの胸ぐらを掴んだ。私なんて振りほどこうとすれば簡単にできるだろうに、バーボンは笑みを浮かべたまま何もしない。
「……どうしてシェリーのことを聞くんです?」
『どうしてって……』
「貴女と彼女の仲がそれなりによかったのは知っています。それでも、彼女は組織を裏切った……」
『それは!ジンが明美を殺したからよ!』
叫ぶように言うと、バーボンは少しだけ目を見開いた。
『二度と、あんな思いをするのはごめんよ……』
「……」
『とにかく、シェリーの情報が入ったら私にも流して』
「……先回りでもして逃がすつもりですか?」
『……だったら何?』
「それこそ裏切りでは?あの方だけでなく、ジンに対しても」
『貴方は黙って頷けばいいのよ』
そんなこと言われなくたってわかってる。でも、これは譲れない。シェリーを……志保を傷つけることは誰であっても許さない。
胸ぐらを掴んでいた手を離す。バーボンは呆れたように服を整えた。
『……もし、ベルモットが何か言ってたなら伝えてもらえるかしら』
「……何と?」
『貴女がそのつもりなら、こちらにも考えがある……って』
「……ええ、わかりました」
『それと、貴方に言っておくけどあまり派手な行動は避けるのね。キールとキャンティに何かされても受け入れなさい』
バーボンをキツく睨んで部屋を出た。立ち止まりはしたものの、追いかけてくる気配はない。
歩きながら考える。志保に近づくべきか、距離を取るべきか。バーボンはまだ動き出したばかりのようだし……用意周到な彼のことだ。策は練っている最中だろう。
止めてあった自分の車に乗り込む。時間的にこのまま帰らないとジンが怒るな……。
『絶対傷つけさせないから』
志保のことは絶対に守る。そのためには……ベルモットをどうにかしなければ。ずいぶんと舐められているようだから。