第71章 執念
とある倉庫にて。
手に持っていたアタッシュケースを地面に置く。同じように別のアタッシュケースが地面に置かれる。
『……そちらから提示された額より多く入れてあるわ』
そう言うと、取引相手の男はニヤリと笑って私が置いたケースを開ける。
「確かに」
『それじゃあ……』
そう言って相手が持ってきたアタッシュケースに手を伸ばす。
「……しかし、こちらもかなり急いだんですよ。もう少し報酬があっても良いのでは?」
それは男の声に遮られた。意味がわからない、という視線を向ければ男は更に気味悪く笑う。
こちらが下手に出ているとでも思ったのか、女だから舐められているのか……だから嫌なんだ、こういう取引に出るのは。今回は誰も手が空かないからと仕方なく出てきたんだけど。
今すぐその眉間を撃ち抜いてやりたい衝動を抑えながら、肩をすくめた。ため息をついて、右耳に髪をかける。
「お金はもう十分ですので、一晩貴女の時間を……っ!!」
真後ろからの風圧で髪が揺れた。そして話していた男の足の間、コンクリートの地面に穴があく。
『……まだ何か?もし、あるなら次は心臓ね』
「ひっ……」
男が情けない声を上げて数歩下がる。もう何も言ってこないだろう。今度こそアタッシュケースを持ち上げてその倉庫を出た。そのタイミングで電話がかかってくる。
『もう終わったよ』
「ちぇっ、もっと派手に殺れるかと思ってたってのに!」
『今回はここまで。車回せる?』
「すぐ行くさ!」
数分後、真横につけられたバイパー。助手席に乗り込むとすぐに走り出した。
「怪我してないだろうね?」
『大丈夫。真横を弾が通った時はちょっとひやっとしたけど、キャンティが外すわけないもんね』
「よせやい、照れるだろ」
キャンティは良くも悪くも感情が表に出やすい。言葉に裏がないってわかるから接しやすいけどね。
「だけど、左耳がよかったねぇ……」
合図の話だ。私が髪をかけたのが右耳なら牽制、左耳なら始末。今日の相手はまだまだ使えそうだから、余程のことがない限り消したりはしないが……まあ、念の為。
ポケットの中のスマホが震えた。取り出して画面に表示されている番号にため息をつく。
『ごめん』
キャンティに一言謝って通話ボタンを押した。
『何』
「そろそろ任務が終わることかと思いまして」