第69章 残されたもの
何も言わずにただそっと抱きしめられる。ここに来るまでどうにか抑えていた感情が涙と一緒に溢れて、バーボンにしがみついて声を上げて泣いた。
バーボンは背中をさすったり頭を撫でてくれたり、私が泣き止むまでずっとそうしていてくれた。
どれだけの間そうしていたか……涙の量が徐々に減ってきた。息をゆっくり整えながらしがみついていた手の力を抜く。
「……落ち着きましたか」
『ん』
すごい鼻声だし、顔も重い気がする。体を離されそうになって慌ててバーボンにしがみついた。
『……すごい顔してると思うから、見ないで』
「わかりました。シャワー使うならどうぞ……あ、貴女が行くまで目瞑ってますから。着替えも用意しておきます」
いつもだったら、どんな顔でも可愛いですよとか言ってくるのに……こういう優しさがあるから、私はバーボンのことを頼るんだろうな。
『……ありがと』
体を離すと、言った通りバーボンは目を瞑っていてくれた。立ち上がってバスルームへ向かった。
『……』
鏡に映る自分の顔は全体的に腫れぼったい。頬や目の周りを指でむにむにと揉んでみるが……まあ、すぐに変わるわけがないのだけど。
決して気持ちが晴れたわけではないのだけど、それでも少しは楽になった。
着替えまで済ませてバスルームを出ると、ドアの開く音に気づいたのかバーボンが振り返った。
『いろいろありがと』
「お気になさらず。じゃあ僕も行ってきますね。先寝ててください」
『いい……待ってる』
バーボンがシャワーを終えてきた。ベッドを1人で使うように言われたが、私が無理を言って一緒に寝てもらうことになった。
「しばらく居ますか?」
『……ううん。明日には帰る』
「無理に引き止めることはしませんけど、少し心配です」
『ずっと頼るわけにはいかないし……大丈夫』
「……そうですか」
背中越しにバーボンの体温を感じる。安心するけど、同時に不安にもなる。
『……次は誰がって、そう考えるだけで怖い』
「……」
『甘いこと言ってるのはわかるけど、でも、もう誰にも死んで欲しくない……貴方だってもしかしたら……』
「僕は死にませんよ」
背後から手が回される。根拠のない言葉だろうけど、今はそれでもいい。また、目頭が熱くなってきた。
『やっぱり……なんか、ほかの人とは違うね』