第61章 忠告
『ごめん、後ろお願いできる?』
「……別のにすればいいだろ」
『だってわざわざ届けてくれたんだし……』
今夜はベルモットとディナー。今朝早くに部屋に届けられた高級ブティックの箱には黒いドレスとピンヒール。そして流れるようなVermouthの文字とキスマークのついた小さなカード。デザインはなかなかに際どい。背中は大きく開かれて、スリットも入れられている。
たぶん、これを着てこいということだろうし……少し躊躇ったけど袖を通した。毎度の事ながらサイズはピッタリ。
それでも背中のファスナーを上げるのは難しい。だからジンに頼んでるんだけど。
『ねえ、お願い』
髪を持ち上げてジンに背中を向ける。
「チッ……」
舌打ちの音が聞こえたものの、ジンが立ち上がる気配がした。肌に当たったジンの手が思ってたより冷たくて肩がピクっと震える。
ファスナーを上げてもらうだけ……変な気持ちになりそうで、それを抑え込むために目を閉じたのだけど、ファスナーはまだ上げられない。
『ねえ……』
肩の辺りに吐息が触れたかと思ったら、そのまま肌に吸いつかれた。チクッとした痛みに目を開く。
『ちょっと!』
「あ?」
振り返ろうとしたけどそれはジンの手に阻止されて、何事もなかったかのようにファスナーが上げられた。
「……ほらよ」
『あ、ありがと……ていうか跡つけた?』
「さあな」
ジンはまたソファーに座ってしまう。私は鏡の前に座って確認する。
『……もう』
結構濃くついてるし、髪をおろしていても隠れるかどうか微妙な場所。
『……ばか』
「言ってろ」
軽く睨んだけど、ジンは鼻で笑ってタバコに火をつけた。
メイクとヘアセットを終えて立ち上がる。
『どうかな?』
ジンの前でくるりと一回転してみせた。ジンの視線は一瞬向けられただけで、何も言わずに何本目かわからないタバコを灰皿に押し付ける。
いつものことだけど今日は何かちょっとムッとして、ジンに視線を送り続けた。
「……なんだ」
『褒めてくれたら嬉しいなぁって』
「そうかよ」
ジンはそれだけ言ってふらりと立ち上がる。
「……行くぞ」
『えっ、送ってくれるの?』
「必要ねえなら……」
『ううん、助かる。ありがと』
自分の車かタクシーか悩んでたところだから……ジンから言ってくれたのは素直に嬉しかった。