第5章 それぞれの思い※
亜夜side―
シャワーを頭から浴びながら考える。
―もうジンとは何もないから
あの言い方、きっと過去はそういう関係だったということを肯定されたも同然。それがどうしようもなく苦しい。
『……酷い顔』
鏡に映る自分は、いろんな感情がごちゃ混ぜになった複雑な顔をしている。
ベルモットのことは好き。彼女がいたから今まで過ごしてこれた。なのに、なんでこんな醜い感情が湧くんだろう。
バスルームから出るとベルモットが振り返った。
「着替え、勝手に持ってきちゃったけど大丈夫かしら」
『うん、ありがとう』
そう言って袖を通すけど、気持ちはモヤモヤしたまま。そのままベッドに座る。
「マティーニ、貴女……ジンに恋してるのね」
ベルモットに言われて顔を上げる。
『恋……?私が、ジンに?』
「違うの?そんな顔してるわよ」
ベルモットが隣に座った。
「さっき、ちょっと意地悪な言い方しちゃったわね」
『……やっぱりそういう関係だったんだ』
「今は違うわよ。もうそういうことはしないって話したから」
『どうして……?』
「いろいろあったの……悪いけどそれは聞かないで欲しいわ」
そう言ったベルモットに抱きしめられる。ふわっと香る香水の匂い。
『……恋ってなんだろう』
「相手のことが好きでたまらないって感じかしら」
そうじゃない?と体を離して言われる。
「相手を想って嬉しくなったり、悲しくなったり……」
『……でもね、この組織に来た時に決めたの』
あの日、自分で決めたこと……もうあんな思いはしたくないから。
『もう、大切な人はつくらない。いなくなった時辛いのは嫌なの……それなのに』
「その気持ちを捨てる必要はないわ。ただ、表に出すべきでもない」
ベルモットは悲しそうな顔をして言う。
「そういう間柄は他の組織に狙われやすくなる……ジンに関しては特に警戒されてるから」
『じゃあ……』
「酷いこと言うようだけど……都合のいい関係が嫌なら……」
『ううん、それでいいよ。大丈夫』
身体だけの関係でも繋がりが持てるなら……この世界で生きていくなら十分だ。
『さっきは変な態度とってごめんね』
「気にしないで。そういうものよ」
タクシー呼ぶわねと立ち上がるベルモット。
私はこの気持ちが大きくなりすぎないよう、心の奥に押し込んだ。