第53章 たぶん、そんな感じ
ウォッカside―
簡単に食べられそうなゼリー飲料と菓子パン、スポーツドリンクと風邪薬を買って足早にマティーニの部屋へ向かう。
受け止めた時、指先は冷たいのに顔は赤く、それだけで体調が悪いことがわかった。急なことだったとはいえ、兄貴の前で彼女に触れてしまった罪悪感は消えないだろう。
「あら、ちょうど良かったわウォッカ。ジンはどこ?」
背後から向かってきたヒールの音に振り返る。髪をなびかせながら歩く様は流石大女優といったところだ。
「兄貴ならマティーニのところに」
「そう……じゃあ出直した方がよさそうね」
そう言ってさっさと踵を返すベルモット。その背に向かって声をかけた。
「ベルモット、1つお聞きしても?」
「……なあに?」
「マティーニのあの変装……何故あの顔にしたんですかい?」
「さあ、なんとなくよ」
「なんとなく?それであんなにアイツに似るわけがない」
言葉に力が入ったのを感じたのか、ベルモットの口角が釣り上がる。
「似てしまったのよ。素が似てるから。そもそもあの変装はずっと前からしていたはず……ジンに何か言われた?」
「いいえ……ただ、俺が気になっているだけです」
兄貴は最近になってあの変装を異様なくらいに拒否し始めた。それ以前も何度か見ていたはずだが、すぐに変装を解かせることはさせなかった。
既に忘れられていると思ったが、そうではなかったらしい。
「その様子だとマティーニ本人には何も教えてないのね……彼女が知ったらどう思うかしら」
楽しそうに言うベルモットを見て奥歯がギリッと音を立てた。
「もう過ぎたことです。今更蒸し返す必要は……」
「そう言ったって貴方も過去として片付けられていないでしょ?」
ベルモットがあの方のお気に入りでなければ始末している。この女に対してこれほどまでに苛立ったのは初めてだ。
「大丈夫よ。私から話題に出すことはしないし、マティーニ自身が聞いてこない限り話したりしない」
不敵な笑みを浮かべながら去っていくベルモットを追うことはできなかった。
アイツのことをマティーニに教えるわけにはいかない……が、何か明確な理由を示さない限りあの変装を続けるだろう。
何かのきっかけで、マティーニがアイツのことを知ることがないようにしねえと……アイツを知っているのは兄貴と俺とベルモット……あの野郎もか。