第48章 煙のごとく
『嫌だって言ってるでしょ!』
「知るか。さっさと行け」
『だから嫌だってば!だいたい、ジンが言って無理なのに私が言って聞くわけないでしょ!』
研究の手を止めたシェリーを、研究所の一室に拘束したことを聞いたのが2日前。今ジンと揉めているのは、最後の説得に行けって言われたから。
あの一件から会ってないし、そもそも会いに行く気もなかったし……会ったところで相手にされないのは目に見えてる。
「いいから行ってこい」
『これだけ拒み続けてきて今更従うと思えないんだけど』
「……いい加減にしろ」
こっちのセリフ!って言おうとしたけど、銃口が向けられていて反射的に手を上げる。
『はぁ……わかったわよ。でも期待しないでよ……ウォッカ、行こ」
「は、はい……」
口論の最中、徹して空気になっていたウォッカに声をかける。その部屋の鍵はウォッカが持っているらしい。
研究所に行くと、すれ違う人全員が怯えたように道をあける。顔馴染みは軽く頭を下げて行く。
「知り合い多いんですかい?」
『まあ、それなりに。でも、ウォッカだって来ることあるでしょ』
「ありやすが……科学のことはからっきしなもので」
『へえ、以外。ウォッカって物覚えいいのに』
なんて話をしているうちに着いた部屋の前。入口には男が2人。きっと見張り役だろう。
「……何もねえだろうな」
「はっ、はい……」
「退け」
ウォッカが言うと体を小さくしながらドアの前から退いた。そんな縅すよう言い方しなくてもいいのに。
ウォッカが鍵を差し込んで回す。カチャッと小さな音が聞こえた。私はドアの前に立ってドアノブに手をかける。
「……マティーニ?」
『ごめん、ちょっと待って』
そのまま固まってしまった私を見てか、ウォッカに声をかけられる。
ものすごく緊張しているのだ。何か言われるくらいなら無視された方がいいし……話すべきことを頭の中で整理をする。そして、ゆっくり深呼吸を繰り返す。
ジンも、あの言い方からしてあまり期待はしていないんだと思う。言うだけ言ってさっさと帰ろう。
そう決めて恐る恐るドアノブを回す。心臓の音がうるさい。もう一度大きく息を吐き出して目を瞑りながらドアを開けた。空気が僅かに動いたのを感じながら目を開いた……が。
『……いないじゃない』
部屋の中に、シェリーの姿はなかった。