第40章 トロピカルランドにて
「あいつ……」
小さいけど怒りの滲んだ声。それを向けた相手がウォッカなのか工藤新一なのかはわからないけど。
工藤新一はウォッカ達の方を見ながらカメラのシャッターを切っている。さすがに写真が残るのはまずいよね……なんて思ってる間に、ジンがゆっくりその背後に歩み寄った。左手には私が渡した警棒。
あと一歩という所で砂利が擦れる音。それに気づいたのか工藤新一は振り返った。しかし、既に遅し。
「探偵ゴッコはそこまでだ……」
そう言ってジンはその頭目掛けて、警棒を思いっきり振り下ろした。
「ぐわっ!!」
声を上げて工藤新一が倒れ込んだ。それに驚いた取引相手が情けない声を上げて走り去っていく。
ジンに怒られるウォッカ。まあ、付けられたってことはウォッカが周囲の警戒を怠ったが故だろう。
『……にしても、持っててよかったでしょ』
「うるせえよ」
放り投げられた警棒を空中でキャッチしながら近くへ寄る。あらら、頭から血が出てる。
「クソッ……バラしやすかい?」
「やめろ!」
『そうね、まだ警察がうろついてる。拳銃なんか使ったら危ないわ』
「じゃあ、どうするんで?」
「フッ……コイツを使おう」
そう言ってジンがコートから取り出したのは、例の薬のケース。
『ちょっと、また怒られるわよ』
「知らねえよ」
あっという間に薬を工藤新一の口に入れて、水で流し込んだ。その様子を見て思わずため息をついた。まったく……シェリーに謝りに行くの誰になると思ってるの……。
「兄貴……急がねえと……」
「ああ……あばよ、名探偵……」
傍らに転がっていたカメラを拾い上げて2人は行ってしまった。私は工藤新一からは見えない位置にそっとしゃがみこんで、小さく呟いた。
『貴方に恨みはないけど、危険な種は摘まないと……残念だけどここまでね。でも……』
運が良ければまた会いましょ、なんて心の中で言いながら。
あの幼児化したマウスのような奇跡が起きれば……きっとこの青年は私達の前に立ちはだかるのだろう。まあ、そんな奇跡が起こるなんて思ってもないけど。
返事はもちろんない。立ち上がって2人の後を追った。後ろから呻くような悲鳴のような声が聞こえたけど、振り返らずに歩き続けた。
蘭ちゃん……には悪いことをしたか。思いは伝えたんだろうか?
……どちらにしても死んでしまえば同じか。