第35章 溶けるくらい※
『もう1回、言ってほしい……』
「チッ……あと1回だけだぞ。それも今日だけだからな」
『うん』
「……愛してる」
『幸せすぎる……』
ニヤけが止まらない。たぶん、今の顔は完全に緩んでて真っ赤になってるんだろう。ジンの顔も心做しか赤い気がする。よく見ようとしたけど、頭を引き寄せられてジンの胸板に顔を埋めるようになる。
「……見んな」
『大好き』
「っ……もう寝ろ」
目を閉じればすぐに意識が落ちていく。今この瞬間が幸せで堪らないのに、その分いつか辛いことが起きてしまうんじゃないかって……何か大切なものを失うんじゃないかって。
そんな日が来ないことを頭の隅で願いながらそっと眠りについた。
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僅かな日差しと異常な空腹で目が覚めた。思い返せば昨日は何も食べてない。ウォッカが買ってきてくれたものがあったはず……。横に寝ていたはずのジンの姿はなく。体を起こして部屋を見回すけど気配もない。
『……お腹空いた』
今の状態では服を着ることすら億劫。服を着ないまま袋からパンを取り出してかぶりついた。どこにでもあるようなパンだけど、すごく美味しく感じる。これが空腹は最高のスパイスってやつ?
飲み物で喉を潤しながら、ゼリーも食べて……あっという間に袋は空になった。
『……さて』
もう1回シャワー浴びよう。ここに着てきた服は抱かれる前に脱がされたし、そう汚れてはいないはず。
お湯を頭から被りながら、昨日のことを思い出す。ジンの言葉やその時の表情……鏡を見なくても顔が緩みきってるのがわかる。もうあんな風に言ってくれることはないのか……でも、何度だって思い出すからあの光景が記憶の中で色褪せることなんてない。
シャワーを終えて、着替えているとノックの音。来たのはウォッカだった。
『あれ、どうしたの?』
「兄貴の荷物を……この部屋にいる理由もなくなったようで」
『……ウォッカ、何でもかんでも引き受けちゃ駄目だよ』
「このくらいなんて事ありやせんよ……でも、仲直りできたようで安心しやした」
『うん。いろいろありがとう』
そう言って部屋を出る準備をした。と言っても私の荷物はバッグだけ。
部屋を出る前に一度振り返る。幸せも絶望も感じたこの部屋を去るのは名残惜しい。またいつか来れるといいな……その時は幸せいっぱいで。