第32章 忘れたい※
『もっと、言って……』
「好きですよ、亜夜」
好き、の言葉も呼ばれる名前も、心の奥をどんどん満たしていく。快感も相まって気持ちよすぎてたまらない。
今はまだ無理だけど……いつか、私も同じ言葉を返せるようになるんだろうか。
私も透も何度もイって、お互いにくたっとしながらベッドに寝転んだ。事後に顔を見合わせて眠りにつくなんて、意識が飛ぶのが常だったからほとんどしたことがない。
「身体、大丈夫ですか?ちょっとやりすぎましたね」
『大丈夫だよ……』
セックスの最中もそれが終わってからも、たくさんキスしてくれる。唇にも身体にも傷跡にも……触れるだけなのにすごく嬉しい。
ふと、セックスをするに至った経緯を思い出した。やっと晴れたと思った気持ちに、また暗雲が漂う。
『ねえ』
「なんですか?」
『……この先、思うことがあるならちゃんと言って』
「思うこと、ですか?」
『怒る時はちゃんと怒って欲しいし、私のすることに不満があるならちゃんと教えて欲しい。伝えてくれないと、怖い』
「わかりました。何かあればちゃんと言います」
『約束だからね……私も早く気持ちに整理つけるから』
「急がなくていいです。ちゃんと待ってますから」
この日以降、2、3日に1回はセックスするようになった。私が誘わないと何もしてくれないけど。それと、部屋にいる時は名前で呼ぶようになった。
透は時々帰って来ない日がある。探偵業とは言われたけど、そこについては深くは触れないようにした。
ジンからくる連絡は任務に関するメールだけ。電話がくることはなかった。それに安心したような、ちょっと虚しいような……私って本当に必要がなくなったのかな。ジンと任務が被ることもないし。
「どうかしましたか?」
『……ううん』
どうにか貼り付けた笑みを浮かべる。透はそれに気づいたのか頭を撫でてキスを落とす。それからギュッと抱きしめられる。
「無理はしないでくださいね」
『……うん』
こんなに優しさを与えてくれるのに、まだジンのことが頭を離れない。透のことを利用して縋って、セックスの最中だけジンを忘れて……私はどこまで愚かで薄情なんだろう。
「好きですよ、亜夜」
『……うん』
ちゃんと同じ言葉を返したい。でもまだ……。
この部屋に来て、1ヶ月が過ぎようとしていた。