第30章 不安
あいつの車も目立つからすぐに見つかる、なんて期待は呆気なく打ち砕かれた。本当に顔を出さねぇつもりか?
確かに最近は忙しくて、あいつに構っていなかった。というのも、先日のホテルの一件で首謀者の女の組織を潰そうとしたが、有益な組織なのでそうもいかず。代わりにその組織から研究員を引き抜くことで話はついたのだが。
その為に、その組織の個人情報を片っ端から見ていたせいで余裕がなかった。優秀な人材を選べ、なんてラムの余計な注文がなければ、ここまで時間も手間もかからなかったのに。研究員の善し悪しなんてわからないから、シェリーに聞きに行くことも多くて。
それがやっと終わって、今日は抱けると思っていたのに。会いに来てみれば不機嫌で触れようとした手も払い退けられて。イライラしながらベッドに横になれば、いつの間にか寝ていた。
キスだってセックスだってしたかった。でも、一度始めてしまえば歯止めが効かないことくらいわかる。あいつの近くにいれば、気持ちの抑えも効かないだろうと思ってこの部屋に来る回数も減らした。もし、あいつが何か言ってくればその時は……と思ったが、何もなく。
「……任務の連絡もメールでして欲しいそうです」
恐る恐る言ったウォッカに言葉を返す気にもならなかった。
「マティーニ、大丈夫ですかね……今夜から大雨の予報なのに」
「……さあな」
苛立ちながらタバコに火をつけようとして、残りが1本しかないことに気づく。舌打ちをして、その最後の1本に火をつけた。
「……出てけ」
「は、はい。失礼しやした」
1人になりたくて、部屋からウォッカを追い出す。
夢の中で振り返ったあいつはどんな顔をしていたのだろう。笑顔、泣顔、無表情……最後にちゃんと顔を見たときは無表情だった。いつからあいつの笑った顔を見ていないんだ……?
―こんなに言っても言葉が出ない……それが答えでしょ。
当たり前だ。俺が何よりも優先すべきは組織、あの方の意思だ。それなのにどうしてこんなに気持ちが揺らぐのか。
傍に居続ける理由が俺と亜夜の間にはない。ただ、そうしたいから近くにいるだけであって……その名前のつかない関係のせいでここまで悩んでるのに。
タバコを灰皿に強く押し付けた。
どんな理由があっても俺から離れることは許さねぇ……確実にあいつをここへ戻す策を練らねぇとな……。