第14章 苦しさよりも※
数分後ウォッカが来て、取引した物を渡した。
「マティーニに何か……」
「まあ、いろいろとな」
ウォッカに濁した答えを返して車に乗り込んだ。
煩悩を消したくてタバコに手を伸ばしたが、予定より1本少なく空になった箱。さっきマティーニが1本吸っていたことを思い出す。
何度目かの大きなため息をつき車を出した。
―好きな相手に何もされないのは結構辛いのよ。
「好きな相手……ねえ」
明美が自分に対して向ける好意には嫌でも気づく。だからといって手を出す気は全くない。彼女に対して何も思わないわけではないが、あくまで利用しているだけ。セックスどころかキスすらしないまま別れるつもりだ……利用されていたと気づけば離れて行くだろう。
そのことをマティーニが知ったらどうなるだろうか……下手したら殺されるかもな。
明美と仲がいいのは知っている。デート中にも何度もあいつの話題が出てくるのだから。とは言っても重要な話題はほとんどなく、ただ楽しかったという話だけ。
マティーニは……本当はどんなヤツなのだろう。
任務中とそれ以外の時と姿があまりにも違いすぎる。人を傷つけることを何とも思っていない冷酷さの裏に、大切な人を裏切れないという強い思いがある。少し抜けているかと思えば、物事を的確に捉え対応する能力もある。どれが本当の姿なのだろう。
諸星大の名義で借りた部屋に着く。もしもの為に置いてあるものは最低限必要な分だけ。疲労もあってベッドに倒れ込んだ。ただでさえ気を張って神経を使うのに今日は……。
先程のマティーニを思い出す。荒い息、火照った肌、漏れる声……。慌てて頭から追い出そうとするけど既に遅し。主張を始めた自身に自嘲の笑いが零れる。
どれだけ深い呼吸を繰り返しても熱は引かず、呆れながら自身を扱く。抱いて乱れるあいつの姿を想像して……
「くっ……」
吐き出した欲を流すためバスルームへ向かった。どうせならシャワーまで浴びてしまおう。
そういえばマティーニの腹部にあった傷跡……拳銃によるものだろうか。以前見てしまった時には咄嗟に隠されたが。きっと知られたくない何かがあるのだろう。
明美は何か知っているだろうか。今度それとなく聞いて……いや、マティーニの体を見たことは知られない方がいいだろうか。
……冷静な判断ができない。ため息をつきバスルームを後にした。