第11章 Prey (観察対象は監督生さん)
「海の歴史も含めたら、それはもう膨大な量になりますが、貴女は幸運な方だ。
陸の歴史のみ覚えていればいいのですから。
ユウさん。
過去があってこそ、今があるんですよ」
(それは…そうだけど…)
「せめて休憩を挟んでもらえませんか?
詰め込んだ知識が
そろそろ耳からこぼれ落ちそうです…」
「そういうことでしたら」
(ひゃっっ!?)
ジェイドの大きな両手で耳元を覆われ、
周囲の雑音が消える。
(っ、ジェイド、先輩……?)
人魚特有のひんやりとした親指の先が、
そっと私の目元をなぞった。
「知識がこぼれないように、
僕が耳をふさいでおきましょう。
どうぞ、安心して休憩してください」
「こんな風にされて、
気が休まるわけないでしょう…っ」
「おや?」
固い胸板を押して、部屋の隅まで急いで逃げる。
(……びっくりした……)
間近に顔を寄せられて気づいた。
この人が笑うと、長いまつ毛が頬に影を作る。
思わず見惚れたなんて絶対に内緒だ。
「やれやれ。
…取って食いはしないと
何度もお伝えしているのですが…」
「だったら、取って食いそうな空気出すのを
やめてください…!」
「それはできない相談ですね」
スタスタと歩み寄り、
ジェイド先輩は悪びれもせず
私の顔を覗き込んだ。
「ユウさんはからかうと
イイ反応をされますから」
(っ…前から薄々思ってたけど…!)
「ジェイド先輩は、意地悪ですっっ!」
「おや、今頃お気付きで?」
(ノーダメージ…!)
悔しくて唇を噛みしめ、
笑みをにじませる切れ長の瞳を
睨み返していると…
ドォン、ドォンと物凄い音で扉がノックされた。
「ジェイド。いつまでサボってんの?
飽きたから、オレと変わってぇ~」
「フロイド先輩!」
この時ばかりは天の助けと
いつも怖がっているフロイド先輩の背中に回り込んだ。
「あ?」と低い声が聞こえた事は、
この際気にしないでおく。
「あれぇ、小エビちゃんもいたの?
ジェイド、
部屋の隅に小エビちゃん追いつめて何してんだよ?」
「意地悪を少々」
(これで少々?!…先が思いやられる)