第10章 The Little Mermaid(陸の人魚姫)
奇しくもそれは、
ユウが魔法の花の世話を
引き受けた翌日の出来事だった。
その日、ジェイド・リーチは
彼にしては珍しく早朝から植物園に居た。
理由は単純明快で、
相部屋のフロイドと兄弟喧嘩したせいだった。
守銭奴のアズールが手の回らない仕事を副寮長として捌き、その間もモストロ・ラウンドで閉店時間まで給仕の仕事を勤め上げ、契約不履者への取り立てを行う。そんな多忙な生活を送る彼もつい魔が差したのか…
愛情いっぱいのキノコ達(三週間目)がゴミ箱に捨てられているのを見て、思わず鈍器で兄弟の頭を殴打した。
それを火蓋に第x次ウツボ大戦が始まる。
深夜までもつれたフロイドとの喧嘩は、手を替え品を替え、お互いにブロット限界まで魔法打ち合ったら、次は長い尾びれ(手足)を使ってお互いの体を絞め合った。
最終的にアズールの魔法で粛清された双子だが、ブロットも溜まり、一方的にボコされたジェイドは内心むしゃくしゃしていた。今なら「むしゃくしゃヤりました」と自供して人一人殺せそうな表情だった。
………癒されたい。
そんなこんなで、趣味に没頭することにした。
好きな事に没頭している時間が彼にとって
一番幸福な時間である。
ジェイドの趣味と言えば、自らの手でキノコを栽培したり、テラリウムに没頭するのが常だった。
そして、今日はたまたまキノコの気分だったのである。
時間を忘れ、無心で土いじりをしていると、
ふと…彼の耳に女性の声が聞こえた。
『la~♪』
ーそれは透き通るように透明な歌声だった。
ジェイドは作業している手を止めて
誘われるように歌声が聞こえる方向に歩き出す。
人魚である自分をも魅了する美しい声。
この声の持ち主、いったい誰?
生い茂る草木をかき分けて行くと、
自分と同じように風の妖精や小川や草木が
声の持ち主に魅了され、
コンサートを聴くかのように
皆注目しているのが分かった。
『You are my world my darling.
What a wonderful dream I see~♪』
その歌声の持ち主を見つけた瞬間
オリーブとゴールドの瞳が見開いたー
視線の先に居たのは
オンボロ寮の監督生、ユウだった。