第10章 The Little Mermaid(陸の人魚姫)
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学園の一年生の廊下を歩いていると、
ざわざわと生徒達が囁く声が耳にこびりつく。
「オイオイオイ!あれどーなってんの?」
「さあ…僕にもさっぱり」
普段であればメインストリートでエーデュースと合流して、教室までしょうもない話を駄弁って歩くのが日常だった。
だが、今日は違った。
小エビの名前の通りビクビクしながら歩くユウと、彼女とは正反対にニッコニコな笑顔で隣を歩くジェイド・リーチの姿に皆度肝を抜かれる。
グリムの姿が見当たらないのを見て、エースは「あの野郎、逃げやがったな…」と心の中でココにはいない狸に中指を立てた。
アズールのオーバーブロット事件以降、モストロ・ラウンドで朝昼晩こき使われ、双子のウツボから心身共に絞められた記憶がエースとデュースの中ではこびりついて消えない。
なので、いまだこの先輩を見ると反射的に
”関ってはいけない””と
脳が体中にシグナルを送る。
悔しいかな…そういうわけで彼らは、いつも自分達が独占しているユウの隣の居場所。つまりジェイドの背中を見ている事しかできなかった。
本人たちは気づいていなかったが、周りの生徒から見たエーデュースは悔しそうにハンカチ噛んで「キィーッ! 誰よあの男!」と今にも叫びそうな表情だったと言う。
「これからは毎朝、お迎えに上がりますね」
「「(…はァっ?!毎日……?!)」」
「えっ……。そんな!
先輩も大変だと思うので、
そこまで無理しなくても…」
「僕が好きでしていることですので、
お気になさらずに。
それに、
ウツボは通うことが苦ではありませんので」
「はあ…。観察ってやつですか?」
ジェイドは言葉を話さない代わりに
「ふふっ」っと
いつもの微笑みを浮かべた。
◆
(はあ、気が重い……。)
やっとの思いで1-Aの教室に辿り着いた。
物腰柔らかな先輩かと思っていたけど、ユウがどれだけ「ココまでいいです!」と言っても「教室まで送ります」の一点張りで、全く聞く耳を持ってくれなかった。
ジェイド先輩は意外と頑固者だと
認識を改めなきゃいけないなぁ…。
彼に怯えた生徒たちから向けられる
様々な視線に窒息しそうだ。
ジェイドがいるだけで
小魚が散る如くサッと道を開ける姿に
ユウは眩暈がした。