第8章 Nasty mermaid(意地悪な人魚)
戦争がない国で、普通の女子高生として過ごしていたユウにとって、暴力は非日常だ。
地面に人の頭がねじり込んでいくシーンや、倒れた人間の脇腹を追い打つように蹴るシーンなど、直接目にしたことなんてない。
ー目を閉じるな。
呪いのような人魚の言葉が頭から離れない。
ピチャっとユウのローファーに返り血がかかった。
罪のような深紅の色は、何もできない自分を責めるようにどんどん色が黒くなり、真っ白な靴下まで染め汚していった。
◆
「おや、これで終わりですか。
……残念です」
気づけば絡んできた先輩たちは皆地面に倒れていた。同じように見ていたエペルが「す、すごい…」と慄いた声が耳を掠める。
「ユウさん、立てますか?」
(あれ……。私、いつの間に…)
ジェイドから声をかけられ、ようやく意識が覚醒する。
自分が腰を抜かしている事さえ気づいていなかった。
「………ユウさん」
ジェイド先輩は、腰に腕を回して私を立たせてくれた。
その仕草が思いのほか優しくて、
なぜか泣きたくなった。
「?……ユウさんっ?」
張り詰めた糸が切れる音がした。
突如襲った耐え難いほどの寒さに、
視界が真っ暗になり
あとはもう、よく覚えていない。