第8章 Nasty mermaid(意地悪な人魚)
「ジェ、イド先輩…」
ユウの前に立っているのは
長身に見覚えのあるターコイズブルーの後ろ姿。
ドク、ドク、と心臓の音が大きくなっていく。
それを、獣達の咆哮がかき消した。
「しー……」
ジェイド先輩が人さし指を立てるのを見て、言葉の続きを飲み込んだ。
ガルル、グルル…!と威嚇音が周りを囲み、皆歯をむき出しに爪を立てる。あんな鋭い歯で噛まれたらひとたまりもない。
身震いがする中で、
唯一の味方であるジェイドの後ろ姿を見ると…
その体はいつも通り、凛とした佇まいで
今この場に最も場違いなくらい、上品だった。
(この人、全然動じてない。むしろ…)
その口元には、薄っすらと笑みさえ浮かべている。
「私、わたし…どうすれば」
「何も」
「え……」
「貴女はただ、僕の背中で震えていればいい。
いいですね?」
(たしかに
下手に動けば邪魔になるだけだけどっ…)
魔法も使えない。助けになるグリムもいない。
力だって人間の男に負ける。
獣人相手なら五分と持たないだろう。
悔しいが、今の自分にできたのは
ジェイドの言う通りにして、頷くことだけだった。
「良い子です」
ユウの頭をひと撫でして、
囲みこんでいる獣人たちに向き合った。
「ユウさん、耳はふさいでもいいです。
ですが、目だけは閉じないように」
「目を、ですか…っ?」
「これが、
無垢な貴女が
生き抜いていかなければいけない世界です」
ーそう言って意地悪な人魚は笑った。
困ったように眉を八の字にして、
口角を上げ
肉食魚にふさわしい歯をむき出せば…
それが合図かのように獣達は一斉に飛び掛かった。
◆
(私、とんでもない場所に来てしまった)
この世界に来てから、何度、そう思ったことか。
一見すれば高校生同士の喧嘩になるのだろうが、ユウには想像とはあまりに違う場面にショックを隠せない。
まさに人外。
人間というよりも獣や魚に近い彼らは、人間であるユウには想定できない程、自然に近い。まさに弱肉強食の世界を体現しているかのようだった。
一方的な容赦ない暴力。暴乱。圧制。
その全てがジェイドによるモノだった。