第8章 Nasty mermaid(意地悪な人魚)
首元に手が伸びるが、
いつも肌身離さずつけている
ハートのロケットはない。
(学園長に渡したんだった…)
そのペンダントは唯一、ユウが
失くした両親の顔を見ることができる宝物だ。
そして同時に、元居た世界から持ってきた
ただ一つの貴重な産物だった。
すぅっーと透明な空気を吸い込んだ。
『You are my world my darling』
(あなたは私の世界よ ダーリン)
兄が教えてくれた。
母がよく口ずさんでくれた歌。
『What a wonderful dream I see』
(なんて素敵な夢を見てるの)
『You are the song I'm singing』
(あなたは、私の歌う歌)
『You're my beautiful Melody』
(私の美しいメロディー)
ユウの歌声は、
透明に流れゆく小川のように澄んでいて
今にも消えいりそうな、頼りない音だった。
しかしそれが余計に
彼女の白魚のような儚さを引き立て、
蠱惑的に妖しく魅せた。
神秘的な姿に、彼女を見る者がいれば
女神か妖精に見間違えうる程
その存在は神々しく、儚く、美しかった。
魔法の花は固く閉ざしていた蕾を開かせ、
その歌声を花びら全体で聴き入るように
優雅に広げた。
お喋りしていた花たちは動きを止め、
草木たちは耳を澄ました。
滅多に人前に姿を見せない気温や水流を管理している妖精達も、その美しい歌声に引き寄せられるように草木の影から彼女を見守った。
その場にいた生き物全てが、
彼女の歌声に魅了されていた。
そう……。
偶然居合せ、その美しさに
腰を抜かした
人魚されも魅了した。
唯一その場所で、
歌っていたユウだけが
それを知らなかった。