第16章 Hecate's tears(ヘカテーの涙)
※番外編 ドラゴンVSウツボ
気に食わない。
彼女の為に特急で用意した花が、見るも無残な形で地面に散っている。華麗に咲き誇っていた花弁は、残酷にも蟻が群がっていた。
気に食わない。気に食わない。
「親愛」などと称して、容易く心を許すとは。
貴女が友人だと主張するその男こそ、友情とは一番かけ離れた感情を持て余しているのに。
ああ…とても不快だ。
◆
「彼女に近づくな」
「貴方がそれを言うとは…ね。
ディアソムニア寮長 マレウス・ドラコニア」
対峙するのは、自身が逆立ちしても勝てないであろう怪物が相手だった。世界でも屈指の魔法力を持つ彼が本気になれば、ジェイドどころかこの学園も丸ごと吹き飛ばす事が出来るだろう。
だからといって、おめおめと引き下がる気も毛頭ない。
「本当に彼女の人脈には驚かされてばかりだ。
ポムフィオーレ寮長の次は、まさかディアソムニア寮長が相手とは。
彼女の尾びれは随分と軽々しいものですね」
「僕の前で友人を馬鹿にするとは…相当の覚悟は出来ているんだろうな?オクタヴィネル寮 副寮長ジェイド・リーチ」
「覚えて頂いてたとは、光栄です」
「彼女からよく話を聞いてる」
「!…」
う、嬉しい…。
表情にはおくびにも出さないジェイドだったが、彼女がこの男に自分の話をするというだけで優越感を感じたのは嘘ではない。先ほどまでの怒りの嵐が、今度は春の喜びに満ちる。もう情緒がグジャグジャだ。なんてことだ。Sit!
内心葛藤するジェイドを置き去りに、マレウスが品定めするように目を細める。
「リリアから、お前の良くない話も聞いている。
興味本位で彼女を傷つければ、
海底の仲間ごと海の藻屑になると思え」
ピリッと電気が空中に走る。
黒い暗雲がマレウスを怒りを現すように広がっていく。
(マジカルペンの使用なし。ノーモーションで天候まで操るとは…)
聞いていた以上に厄介な相手だ。
ジェイドはギリッと普段見せない鋸型の歯を開き、口を大きく開けて威嚇した。
「僕は…」
汗で滑るマジカルペンを構え、決して背は見せなかった。
「彼女に、この気持ちを伝えないまま逃がしたら
きっと僕は一生惨めなままだ」