第16章 Hecate's tears(ヘカテーの涙)
どこかで会ったことがあるの?
そう問いかけようとした瞬間、ガクンと全身の力が抜けた。意識の遠くで自分の身体が地面に倒れた音が、響く。
「ディア・クロウリーに騙されないで!!」
最後に聞こえた妖精の叫びにも、
目が回り意識がグルンと途絶えた。
そういえば、名前。聞いてなかった……。
◆
暗転
「おかえり、ユウ。目覚めの時間だ」
意識が戻る。
身体が飛び跳ねるように起き上がった。その拍子に、バランスを崩し地面に倒れそうになるのを、支えてくれたのはツノたろうこと、マレウス本人だった。
しばらく目を白黒回し、意識を現実に切替えるまでに時間がかかったユウだが、マレウスの腕の中で抱きしめられていると理解した瞬間、首筋がカッカと燃え上がった。
「ツノたろう…?」
「ああ、僕だ。こんな所で寝ていては風邪を引くぞ」
そこは、いつもの真っ赤なベンチ。
先日ホットミルクを二人で飲みながら、
星を眺めてた憩いの場所。
「あれ…?わたし、
今まで…真実の泉にいたはずじゃ…」
「…なにやら騒がしいので来てみれば。
お前は精霊達にも愛されているのか。愛し仔よ。
だが、少しはしゃぎすぎだぞ。
僕が来なかったら、危うく死んでしまうところだった」
「えっ…?!?」
サラっと爆弾発言するのやめて。
「もう”アレら”に関わってはいけない。
弱い人間の心では、すぐ飲み込まれてしまう」
「ツノたろうが助けてくれたの?
ありがとう…」
なにがそんなに危険だったのか、その時の私にはさっぱり分からなった。最後に何かを必死に伝えようとしてくれた彼らが、まさか自分を害そうとしているなんて、とても思えなかった。
目が回るような出来事だった。
とても歩ける状態じゃない私を、長身なマレウスが軽々とお姫様抱っこでオンボロ寮まで運んでくれた。普段は浮世離れして可愛らしい彼だが、この姿はまさしく名実ともに王子様のようだった。