第16章 Hecate's tears(ヘカテーの涙)
この時だけは。
どんなに辛い事があっても耐えることができた鉄の檻はあっさりと溶けて、ユウの涙腺はダムが崩壊したようにどっと涙が流れ落ちていた。
嗚咽を漏らし、クリクリとした大きな瞳から宝石なような粒をこぼして泣く少女を、その場にいた者達は何も言わず静かに見持っていた。
「…っぐす、どうして、
どうして二人が映っているの?これも魔法?」
「ああ、それわねお嬢ちゃん。
あんたが見えていないだけなのよ。
家族はいつもそばにいる。何があっても」
慈しみを込めた泉の言葉に寄り添うように、両親がユウを見つめ、微笑んだ。父親が肩を抱き、母親がしな垂れるように頭をコテンとくっつける。
水に映る世界の私はとても愛されていた。
現実世界で叶わなかった両親の抱擁に、ユウは夢見心地で泉を見つめ続ける。
「わたし、ずっとこの瞳が嫌いだった…。
だってヒドイのよ。
日本じゃ珍しい色だからって、男の子達が馬鹿にしてくるの。
でも本当はお父さんとお母さん、二人の色が混じり合った綺麗な色だったんだね。
もっと、はやく知りたかったなぁ…。
……本当は、ずっと二人に会いたかったッ」
二人に触れたい。抱きしめて欲しい。
少しでも近づきたくて手を伸ばそうする。
魂が吸い込まれるように
体が水の世界に傾倒していく…
だが、それを止めたのは見守っていた妖精と、ユウの服を噛んでひっぱる獣だ。
「オイ!しっかりしろ、ユウ!
これ以上死者に心を寄せると戻ってこれなくなる!」
「キューッ!キューッ!」
ハっと我に帰ると、マリオネットの操り糸が切れたように体中から力が抜けた。もしあのまま意識がない状態で泉に落ちたりなどすれば、溺れて死んでしまってもおかしくなかった。そう思うと、背筋がゾッと凍える。
両親の姿が消え、再び泉の主の姿が現れる。