第16章 Hecate's tears(ヘカテーの涙)
ユウが問いかけると、泉の主は微笑んでゆっくり口を動かした。しゃがれた老婆のような声は、闇の鏡と似たような見た目の割に、だいぶ親近感を感じる。
「ええ、ええ。もちろん。
その前にそのずぶ濡れの恰好をなんとかおし」
ふわっ…と千紫万紅の花や葉が小さな光の玉と共にユウを包み込む。頬を愛撫するように風が通りすぎると、寮を出てきた時よりも身綺麗な格好になっていた。
魔法のような奇跡にユウはハっと息を呑むが、見守っていた妖精と獣も同じように驚いていた。
「これでだいぶ良くなった。
もっと顔を見せて。さあ…」
「わあ。綺麗にしてくれてありがとう。
泉のおばあさん」
顔に落ちてくる髪を耳にかけて、もっと深く覗き込むように泉に近づく。ぱちぱちと目を合わせてみても、仮面のおばあさんが何を考えているか表情を読むことはできなかった。
「綺麗な瞳だ。お父様にそっくり。
でも美しさは母親のアレクサンドラ譲りだねえ」
「…!
私の両親を知っているの?」
「ああ、ああ。知っている。
ワタシは何でも知ってるよ」
幼い頃に亡くなったと聞かされた両親の話を、まさか異世界(ワンダーランド)で知ることが出来るなんて!
当時小さかったユウには、二人の想い出が全くなかった。思い出そうとしても、頭に霧がかかったように途端にぼんやりしてしまうのだ。老婆の仮面が呪文を歌うように囁くと、水面がゆらゆらと揺れ始めた。
『自分の心の中をみてごらん』
水に波紋が起こり、泉に映る姿が変わる。
そこには威厳に満ちた金髪で青色の瞳の男性と、ユウに瓜二つの顔をした黒髪でヘーゼルの瞳の女性が映っていた。
「っ……!」
ユウは叫び出しそうになる口を思わず両手で抑えた。
いるはずもない人達が、泉の中には映っていた。
自分の背後で、優しげに、宝物を見るように慈しんだ眼差し向けてくれる二人。
二つの瞳の色が混じったように、虹のように輝く自らの目の色が、その人たちが誰かを教えてくれる。
「お父さん…っ、お母さん…!」
説明されずとも、一目見ただけで分かった。