第16章 Hecate's tears(ヘカテーの涙)
「寒むぅ゛」
深夜に飛び出したオンボロ寮。
ユウは寝巻のガウンを両手でさすりながら、廃墟とも趣があるとも言えるだだっ広い庭をペカペカとサンダルを鳴らして歩く。
冷えた風に吹かれ、悲しげに枯れ落ちていく葉。
仄かな明かりが点滅する外灯。
ゴースト達は庭で楽しそうに『コルピの酒盛り』を歌いながら透明な体にワインを流し込んでいる。(ウォッカで乾杯!!)
みょうちきりんでぽんぽこりん。
捻じれたワンダーランドに一人の私。
そんな世界でも、月の光だけが元の世界と変わらず、ユウの事を照らしてくれた。
オンボロ寮から少し歩いた先に、赤いベンチがある。
「……今夜はツノたろう、いないみたい」
夜になると現れる立派なツノのお友達。
その正体は、ディアソムニア寮長 マレウス・ドラコニアと知ったのもつい先日。ヴィル先輩のオーバーブロットにより壊れたVDCの舞台を直してくれたのもツノたろうだ。
先日はジャミル先輩からお裾分け頂いた茶葉で、湯気がモクモクと出るホットミルクを飲みながら二人で星を眺めてすごした。今座る人がいないベンチをポツンと見ると、あの楽しかった時間は夢の出来事だったかと錯覚してしまいそう。
「……ふーーっ」
寒さでさらに覚醒していく意識の中で、蛍の光にように夜の妖精たちが踊っている。遠くでフクロウが鳴く音を聞きながら、ユウは一人ベンチに腰掛けて、息を吐いた。
「私、どうしたらいいの?」
神々が輝く天体の星に問いかける。
初めて出来た友人達と奔走した日々がすでに身体に刻まれている。大切で、愛しくて、でも深入りしないように。相反する気持ちを抱えながら過ごした毎日だった。それでも楽しいと思える日々だった。
もう、こんな想いを抱えて生きるのはイヤ。
お別れを考えて心を閉じるのも、友人達の心を見て見ぬフリをするのも。
恋だって…したい。
可愛い服を着て、オシャレして綺麗になって、好きになった男の子とデートに行きたい。
ワンダーランドに来てからずっと、我慢し閉ざしてきた心の声が溢れた瞬間だった。十六歳の少女として、ユウが見せた初めての片鱗だった。
その時。
ぽろりと光る涙が瞳から零れた瞬間と、同時だった。
夜空を彩る天体の中でも、右から二番目の一等大きな星が眩しく光り、ユウは目を瞑った。