第14章 Crimson apple(真っ赤な林檎はいかが?)
頼りにある海の魔女(アズール)はこちらに見向きもしない。「しくしく…薄情なタコ野郎です」と吐き捨てる。後で数十倍の嫌がらせをしてやろう。
もう頼れるのは兄弟しかいない。だが、ジェイドの分も仕事を押し付けられたフロイドは彼を見るなり人魚語で放送禁止用語のスラングを使った。
「フロイドフロイドフロイド」
「あに(なに)?
小エビちゃんいないから今忙しーんだけど」
「僕は、死ぬかもしれない…」
「は?」
「僕は、死ぬかもしれない!」
「は?」
彼女(ユウさん)を見てると肺呼吸ができない!
そう叫んで、まるでフロイドのようにボウタイをほどいてどこかに走っていたジェイド。周囲の人間は何が起こったか理解する前に、ドボンッと水槽に水飛沫を上げて何かが飛び込んだ音がラウンジ中に響いた。
「は?」
◆
「デザートはまだなの?しけた店ね」
「ハイただいまッ!」
スタッフ顔負けにキビキビと笑顔で料理を運んでくるアズール先輩が怖くて、若干引き際で最後のデザートを受け取る。
「…あ、ありがとうございます」
アズールが去った後、ヴィルは優雅にナプキンで口を拭い、一息ついて話し始めた。
「ユウ。
改めて今日食事に誘ったのは
せめてものお詫びの印よ。
魔法も使えないアンタの前で、
オーバーブロットしてしまうなんて…。
事件以降も変わらずに接してくれるけど、
…アタシのことが怖くないの?」
「そんな…!
ヴィル先輩のこと、怖いなんて思った事一度もないです。
厳しい…って思ったことは…
正直少しありますけど。
先輩が偽りのない美しさを求めて
人一倍努力していることを知ってます。
その厳しさも、
先輩の優しさの一つだと私は思ってますよ」
「ユウっ……。
ありがとう。
あの時…闇の中で
アンタの声が聞こえた気がするの。
…おかげで戻ってこれたわ」
「私は何もしてませんよ。
ヴィル先輩の心の強さや、
先輩を慕っているルーク先輩やエペル達のおかげです」
ようやく微笑ましい空気が二人を包む。
お腹いっぱいのグリムはウトウトと眠くなってきた様子だった。