第3章 新しい生活
「ナミュール?いるんだろ?」
ガチャ
「…」
2人の男はある部屋のドアに向かってそう言う。
覇気で居るのは互いに分かっていたが、本人はなんとも言えない表情で男達を出迎えた。
「…お前が気にしてるのはわかるよい。
まぁ、すぐにとは言わないが、いずれは会ってやってくれよい。」
マルコはそう言って彼の部屋からさっさと出て行く。
サッチはまだ部屋に居座って青い肌をした彼ーー魚人のナミュールを見つめる。
「…別にな、今更、人から向けられる目が気になるとか、魚類だと蔑まれるのが嫌だとか、そんなことは思っちゃいないんだ。」
ナミュールがこの船に乗った時は、彼は酷く人間を嫌っていた。
それは当たり前だろう。
魚人族や人魚族の大切な人は皆、人間によって命を奪われてきたからだ。
だが、彼とって、この船は大層居心地の良いものだった。
人でも色々な種族が家族としてひとりの男を慕っている。
自分が魚人であることを抜きにして、自分自身を見てくれる。
隊長として名を連ねた時は涙が出るほど嬉しかった。
いつしか、人を怖いと思わなくなった。
人の目なんか、どうでも良くなった。
胸を張って生きれるようになった。
家族が、何よりも大切になった。
「…ただ、あの子は、魚人ってのを知らないだろう?
あの子は、、、菜々美はもう俺の家族だ。
俺の大事な、大事な家族の1人だ。
…たった1人、知らない場所で不安だろうに、、、俺みたいなやつ見たら、怖がらせちまう。」
「ナミュール…」
ナミュールは自分の手にある水掻きを指でなぞった。
サッチはそれをじっと見つめていた。
今まで、船から落ちた仲間達を誰よりも救ってきたその手を。
海流を読み、海の知識を俺たちに伝え、何度も家族を救ってきたその誇らしい手を。
「いいんだ。俺も妹は嬉しいし、守るべき大切な家族だってのも分かってる。
だから、もう少しあの子がここに慣れたら会うよ。」
ナミュールは少し寂しげに笑った。
「…そうか、」
互いに思う気持ちが同じならば、焦ることはない。
サッチは世界一優しい魚人に背を向け、その場を後にした。