第1章 Sign a contract
『それに、先程代金を受け取っていただけなかったので、せめて誠意で返そうかと』
「ちゃんとしてるね。気持ちはもう十分受け取ったよ」
『そうですか』
駅に着いた所で彼が足を止めた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」
偽名を名乗るべきか迷ったが、隠す必要も無いかと思い、本名を名乗ることにした。
『小鳥遊 天音と言います。恍星高校の1年です』
「そっか。よろしくね、天音ちゃん」
『ええ。よろしくお願いします』
「改めて僕も。もう知ってるとは思うけど、僕は明智 吾郎。都内の高校の3年生だよ」
『ご丁寧にありがとうございます』
彼が通っている高校は都内でも有名な進学校だ。彼自身もネットの記事を見る限り、数々の模試でトップを取っているそう。
「君も、かなり有名な人だね」
『そうですか?』
「4月に開催された模試で君も首位だった筈だよ」
『確かに、そうでしたね』
奨学金の援助を得るために受けた模試で、確か1番だった。そのおかげで今高校に通うことができている。
「そこまで学力に固執していないんだね」
『1番を目指しているわけではありませんが、奨学金の為には必要な事ですから』
「確かに、君の学力だと申し分ないくらいだろうね」
丁度駅に着いたので電車に乗り込む。入学式終わりで電車も大分混んでいる。
「座れそうなところがないね」
『混雑時ですから、仕方ありません』
「じゃあ、この辺にいようか」
『ええ』
まぁ、渋谷から新宿はそこまで遠くない。山手線で10分もしないで着いてしまう距離だ。
「新宿で降りるよね」
『はい』
「じゃあすぐだし、大丈夫かな」
一気に大丈夫では無さそうな気がしてきた。それは漫画やアニメでは一番言ってはいけない台詞だ。
『うわっ…』
一気に人が傾れ込んで来て、急に満員状態になった。
「大丈夫?何かイベントでもあったかな…」
『わ、分かりません…。明智さんは大丈夫ですか?かなり押されているようですけれど…』
「だ、大丈夫…」
私を押し潰すまいと必死に人の波を押し返している。ありがたくはあるが、何より明智さんの骨と筋肉が心配だ。明智さんも辛いのか少し吐息が漏れ始めている。声を掛けたら余計に疲れさせそうだと思い、目を瞑って明智さんの吐息を聞かないふりで押し切ることに決めた。
「次は新宿〜新宿〜」
『お、降りましょう。こちらへ』