第1章 Sign a contract
準備が整って、姿見で自分の姿を確認した。おかしなところがないかのチェックも終わり、ゆっくりとマンションのドアを開ける。今日は私が通う高校の入学式だ。学校へは暫く行っていなかったが、とある事情があって今はイゴールから援助を受けている。つまり主の言う事は絶対だ。
「あなたは本当にこれで良いの?」
不意に背後からそんな声が聞こえて振り向いた。家の中だから何もいないはずなのに、声が聞こえた方には、優雅に羽ばたく蒼い蝶がいた、ような気がした。
『なんだっていうの…』
不安な気持ちがよぎりつつ、マンションの扉を閉める。ここはタワーマンションの最上階。東京の景色を一望できて、良い所を取ってくれたと思う。
『行ってきます』
誰にいうでもなく、通学路へと飛び出した。桜が綺麗な並木道だ。
「おはよ〜」
「クラス一緒だと良いね〜」
そんな声が聞こえつつも、私はそんな事を話せる友達もいない。だから見ないふりをしするのだ。
『はぁ…』
ため息を吐いて何気なく右を見遣ると、景色に夢中になりすぎて川に落ちそうになっている人を見つけてしまった。放っておくわけにもいかずに、とにかく走ってその人の腕を無理やり引っ張る。
『危ない…!』
「…!」
なんとかこちら側へと重心が戻った所で、川辺にへたり込んだ。
「すまない、感謝する」
『気にしないで下さい。お怪我が無いようで何よりです』
助けられた男性は何か言いたげではあったが、あえて気づかないふりをした。そのまま立ち上がって鞄を持ち直す。
『失礼致します』
逃げるように去って、暫く足取りを早めた。暫く学校への道を進むと大きな校舎が見えてくる。オリエンテーションの時に一度は入ったものの、やはり正式に入学式の日に見るとなんとなく雰囲気が違う気がする。
「一年教室はこちらでーす」
生徒会の人達だろうか。一年が迷わないように一年の教室までの案内役をしてくれているのだろう。
『ええと、私のクラスは…』
都会なだけあって人口も多く、クラスの数が尋常じゃない程多い。更に学科の数も多いので、校舎もとてつもなく広かった覚えがある。新入生のうちはきっとすぐに迷子になってしまうだろう。出来れば校内マップを片手に歩きたいレベルの広さだ。美術棟や科学棟など様々な棟があってそれぞれに分かれている事が救いだと思うしか無いだろう。