第6章 4月12日 達郎の店
体が強ばり、彼女の額に汗が滲んだ。
事が進み過ぎる前に行動を諦める、母親の存在はその防波堤だった。
もごもごと口を動かそうとするも、すっぽりと覆われた男の大きな手のせいで、声が音にならない。
「む…ッぐ」
「分かった。 でも夕方前には帰るから」
代わりに、そんな風に彼が階下の母にやんわりと言葉を返す。
細く開けた窓から早くに目覚めすぎたのか、大小バラバラな蝉の声だけが静寂を裏切っていた。
傾いた陽が大きな影を作り部屋を横切っている。
それが達郎の半袖の腕を二色に割って、その下にある細く白い脚を移動し始める。
熱くて、揺れて、それは陽炎の様だと小夜子は思った。
「誘ってきたの、小夜ちゃんでしょ」
達郎をからかって、反応を見たい。
その行為に興味があったのも確か。
何よりも、私をもっと見て欲しい。