第33章 2年後 社内、怜治のマンション
「悪い……っつか、出来たらどうすんだ」
「ふふ。 だと楽しいね」
「楽しいって」
別にそれ自体は全然構わない。
行為の後でまだ細い息をつく小夜子を肩と胸の間に乗せ、その体を抱き締める。
「俺、まだ小夜に色々負けてると思う。 収入も、家事とか、その他も」
小夜子は来年30歳になる。
彼女は匂わせた事がないし、自分もそんな小夜子に気を使って言い出せずにいた。
「けど、俺が頑張れたのは小夜が居たからだ。 向こうに行って、正直、保てるか不安に思ってる」
「いいよ」
「え?」
「返事」
まだ瞳をぼんやりと潤ませて、微睡みながら小夜子が小さく言う。
そうしたからって、自分は彼女を捕まえられるのだろうか。
「怜治が好きだよ。 あなた以上にくれた人は、いないから。 これからも……」
小さく開いた唇。
間もなくすうすうという、寝息が耳に入ってきた。
最近はますます激務になりつつある彼女。
そして変わらずに綺麗だ。
小夜子の手首に、薄らとついた拘束具の跡を怜治が指でなぞる。
ずっと傍に居て、支えたいと思っていたのに。
「小夜、週末指輪、見に行こう」
幸福そうな表情で眠りに落ちた小夜子からは、それに対する返答は無く、怜治は苦笑する。
彼女の薬指に光る指輪は、どれ位の抑止力になるのだろうか。
それは、彼女の支えに少しはなるのだろうか。
寝言の様に小夜子が呟く。
「……愛してる」
こんな時、怜治は返答に困る。
寝物語みたいに囁くには、自分の想いは大き過ぎて。
うんと目立つ様な、大きなダイヤモンドなら効果があるんだろうか。
そしたら小夜子は困った顔をして言いそうだ。
「仕事に障るしキズ付きそうでつけらんない」
それならば、他人の目には小さくて目立たない、でもとびきりの石を買ってあげる。
いつか蕎麦屋なんかで前に彼女に贈った、七色に光るガラス玉でさえ、頬を紅潮させて嬉しがっていた。
さり気なく輝くそれを身に付けた彼女は、目にする度に自分を想うだろう。
二十年もの間彼女を縛り支配していた、あのハマナスの香りの様に。
[完]