第3章 4月10日 湊のマンション
「……雨の匂いがする」
独り言みたいな彼女の言葉に、一希は窓辺に寄り空を見上げた。
「雨? 降ってないけど。 それより小夜子、来週は? 飲みにでも」
「遠慮しとく。 先約あるから」
あっさりとした小夜子の返事に何かを言いかけ、目を逸らして男はそれを諦めた。
小夜子もちゃんと休めよ、一言そう言って彼女の肩を撫でてから、男が静かにドアを閉めて出て行く。
そう言えば、あの子の苗字ってなんだっけな。
足音が遠くなる。
スマホを覗くのももう億劫になり、長い睫毛と一緒に小夜子の瞼は伏せられていった。