第3章 4月10日 湊のマンション
時刻は午後九時半を過ぎていた。
明日は早いからと早目に身支度を終え、また元の小綺麗なジャケットに身を包んだ姿の良い男を小夜子は眺めている。
自室のシーツに肌を直接包み、今日はもう眠いからこのまま休んでしまおうか、そんな関係の無い事を考えている。
けれど、さっきは寸前の所でいきそこねてしまった。
途中までは良かった。
行為において、相手が誰でも主導権はいつも小夜子が握るものだった。
なのに。
高階怜治。
数日前の、無理矢理にされた記憶を消したかった。
あんなセックス。
過剰に反応したのはあの瞬間、ほんの一瞬。
体にも、心にも、棘が残ったみたい。
他の優しい男と寝たらどうにかなる、なんて短絡的な考えだったかもしれないけれど、確かに少しは効果があったようだ。
一希は小夜子を礼儀正しく抱く。
肌に甘い蜂蜜を塗られた様に、棘が抜けてく。
『あんまり男を馬鹿にすんな』
夏の日に、同じ事をあの人にも言われた。
まだ乾いた陽の匂いのする夕暮れ。
大好きなあの人。
馬鹿になんかしてない。