第3章 ラブ・エモーション【沖矢昴】*
「では、今日のレッスンはここまでにしましょう。
沖矢さん片付けまで手伝っていただいてありがとうございました。」
「いえ、とんでもない。いつも先生に片付けを任せていたので
心苦しいと思っていたんですよ」
「そんなこと気にしないでください。私はこれが仕事ですから。
あ、タッパーはまた来週持ってきて下されば…」
そう言いかけた時、沖矢さんが顎に手を当てて何か考え事をしているのが目に入った。
「…沖矢さん?」
「先生、今週の土曜日お暇ですか?」
「え??」
「今まで先生から習った料理を作ってみようと思っているんですが、
なにしろ一人暮らしですし、一緒に食卓を囲む人もいないもので…
あ、男の家に一人でというのが不安でしたら
お友達とご一緒でも構いませんよ」
ニコニコと柔らかい笑顔に私はなんの疑いもなく
次の瞬間には「はい」と返事をしていた。
「良かった。では今度の土曜日、楽しみにしていますね。
米花駅に着いたら連絡をください。車を出しますので…
これ、僕の連絡先です」
「あ…ありがとうございます」
電話番号の書かれた小さな紙を渡され、会釈をすると
沖矢さんは近所のコインパーキングへ向かっていった。
*
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ど、どうしよう。
頭で考える前に「はい」なんて返事をしてしまった。
木曜日も金曜日もなんだかふわふわした気持ちで、
まさに心ここに在らず…生徒さんにも「先生、体調悪い?」なんて
心配されてしまった。
何着ていこう、手土産は何にしようか…
そんなことを考えているとあっという間に土曜日だった。