第3章 ラブ・エモーション【沖矢昴】*
…だめだめ!大事な生徒さんなんだから…
それに、私は今仕事中!
自分に言い聞かせてはみるが、
沖矢さんの柔らかい笑顔に目が離せないでいた。
「そろそろ時間ですが、今日は奥様方はいらっしゃらないんですか?」
「そういえばそうですね。皆さん遅刻されるような方じゃないのに…
私、連絡してきますね」
沖矢さんに言われて気が付いた。
レッスンは少人数制とはいえ、毎回3~4人は集まる。
特に水曜日は人気で…というのも、沖矢さん目当てにくる生徒さんが多いのだ。
今日来る予定の生徒さんに電話をかけてみると、
2人とも急用で行けないとのことだった。
「沖矢さん、今日は二人っきりみたいです」
レッスンが始まる前と、終わった後に沖矢さんと二人で
少しおしゃべりするくらいならしたことはあったが
長い時間二人きりと言うのは初めてで
なんだか妙な緊張感が走った。
「そうですか…今日は先生を独り占めできるというわけですね」
「えっ…?」
思いがけない沖矢さんの言葉にドキッとした。
「おっと…誤解しないでくださいね、変な意味ではありません。
先生からいろいろと教われるチャンスだと言う事です」
「あ…そう、ですよね。あはは…」
びっくりしたびっくりした…
私、何考えてるの?もう、恥ずかしい…
全力疾走したかのようにドキドキと心臓が早くなる。
「じゃぁ、僕は手を洗ってきますね」
「はい…」
エプロンをつけながら背を向ける沖矢さんはいつも通りなのに
こんなに意識してしまっている自分が酷く滑稽だった。