第3章 ラブ・エモーション【沖矢昴】*
毎週水曜日のレッスンは、少しだけ浮足立つ自分がいる。
(もうすぐ生徒さんたちが来る時間だ…準備しなきゃ)
この料理教室を始めてから2年、少しずつ生徒さんたちも増え始め、
やっと軌道に乗ってきた。
(今日は無水鍋を使ってみようかな…確かこの辺に…)
椅子をキッチンの前に持ってきてそれにのぼる。
吊戸棚の中はこうしていちいち何かにのぼらないと
中が見えないから不便だ…
「先生、どうされました?お手伝いしましょうか」
「わっ!お、沖矢さ……きゃぁっ!?」
「危ない……っ!」
ガタン!!と椅子の倒れる音がする。
とっさに目をつぶるが、痛みは襲ってこない。
「先生、大丈夫ですか?」
耳のすぐ近くで、沖矢さんの声がする。
恐る恐る目を開けると、沖矢さんの膝の上に倒れこむように座っていた。
左手は私の腰を支え、右手で重たい無水鍋を軽々と持ち上げている。
「ご、ごめんなさい!!私…」
「いえいえ、急に話しかけた僕が悪いんです。すみませんでした」
私が立ち上がると沖矢さんはお鍋をコンロのうえにひょいと乗せた。
「それにしても…この鍋は男の僕でも重く感じますね」
「これは無水鍋と言って…分厚い金属でできているので、重たいんです。
今回は26センチのお鍋を使うのでこれは5キロ以上あります…」
「おやおや…」
顔を見合わせて、2人で笑った。
毎週水曜日のレッスンは、沖矢さんに会えるのが嬉しい。