第5章 暗殺者の上手な別れ方【前編】
時雨には。
5歳より前の記憶がまったくない。
本人はさほど気にしていないのか、忘れてるのか。
あまり話題には出さないけど。
そもそも5歳以前の記憶なんて朧げだし、俺だって曖昧にしかない。
だけど。
曖昧にしか覚えてない、のと、まったくない、のにはかなり大きな違いがある。
時雨はあんな性格だから、『それ』を仕方ない、と受け止めているみたいだけど。
世間一般から言うところの、それはやっぱり異常なんだと、思う。
「雨音くん?」
それに、こいつが気付かないわけがない。
今の今まで核心に触れられなかったのがたぶん、奇跡、なのかもしれない。
「顔色、悪いですが」
「あ、いや…」
「今回の件と時雨は、どう繋がりがあるんです?」
「…………」
「時雨に、いったい何があったんですか?」
だんまりが通じる相手じゃないことくらいは、わかってる。
だけど何をどう話せばいいのか。
俺にだってわからない。
どんな言葉が適切で、正解なのか。
「…雨音」
低い、声。
時雨が言ってた意味、今ならわかる。
声だけで体が固まる。
恐怖、する。
一瞬で、体が動かなくなる。
「オマエなんで、時雨の側にいる?」
「…………っ」
本能が、警告する。
こいつは危険だと。
逃げろ、と。
「雨音」
いつの間にか縮まっていた距離。
痛いくらいに肩が掴まれて、ピリッとした鈍さが左肩に走った。
「知ってること、全部吐け。時雨が危ないんじゃないのか?」
「…………」
知ってること、なんて。
「…ない。なんにも、知らない」
「雨音」
「ほんとに知らないんだよ!!知ってたら、もっと時雨守れんのに、知らない、から…っ、だから、あんたに…」
頼るしか…………。
「…………時雨を、産んだ母親と、俺を産んだ母親が、一緒、ってことくらいしか、俺は知らない」
「え」