第2章 葛藤
「桜月ちゃん、眼鏡は?」
「え?」
…………あ!!
「………転んじゃって。壊れちゃって」
それから。
マスターの出してくれた夕食を頂いて。
橘さんと少しだけおしゃべりして。
気付けばすでに9時を回ってた。
この近くに住んでるから、と、橘さんは車を取りに行って。
眼鏡がないなら電車乗るのは危険だから、と、律儀にあたしを車で家まで送ってくれた。
「この辺で大丈夫です」
よくある「家まで送るよ」的なくだりもなくて。
そのままあたしを降ろして、橘さんはすぐに車を出した。
たぶんやっぱり。
絶対にモテるはずだよ、橘さん。
「ただいまー」
「さーちゃん!!おかえりなさい。遅かったね。ご飯は?」
「ごめん食べてきた」
「眼鏡は?」
「………」
だよね。
やっぱり。
「………転んじゃって……」
「えー?大丈夫?」
「平気。お風呂は?沸いてる?先入っていい?」
「いいけど」
「ごめん疲れちゃった……」
なんとなく美桜の顔が見れなくて。
そそくさと浴室へと直行した。
「………ねぇさーちゃん」
湯上がりの水分補給に冷蔵庫を開ければ。
リビングのソファーの背もたれに頬杖ついて、意味ありげに含み笑いの、美桜。
「ん?」
「今日さ、男の人と一緒だった?」
「え?」
「さーちゃん帰って来たとき、なんとなーく残り香みたいなのしたし、それにほら、それ」
「?」
トントン、て。
自分の首筋を指先で指し示す美桜に、再度首を傾げれば。
「キスマーク、でしょ?それ」
楽しそうに笑いながら、とんでもない言葉が出てきた。
条件反射で首もとを両手で隠し、再度脱衣所へ猛ダッシュ。
湯上がりのためアップにしていた髪の毛は、堂々と首筋の赤い跡を、主張していた。
「………嘘でしょ」
これ。
あの時橘さん、気付いたんだ。
だから……。
ならあたしの嘘にも気付いたわけで。
「………っ」
失態。
やっちゃった。
本日何度目かもわからない。
自己嫌悪のため息はたぶん過去最高だと思う。