【モブサイコ100】その花の名前は。【島崎亮】【短編集】
第2章 アネモネ
『アネモネ』
彼女の長い髪が好きだった。髪が服に擦れる音、風に靡いた時に香るシャンプーの匂い。私の服のボタンと絡まったこともあった。あれは解くのに少々苦戦した。
「島崎さん見てください!峯岸さんに貰ったんですよ」
「これは…髪飾り、ですか?」
「正解です!アネモネのバレッタです」
樹脂で加工されたその花の名前はアネモネというらしい。私に触るよう促した彼女は、まだ何か言って欲しいのか、ソワソワしながら私の返事を待っていた。
「髪を、結んでいるのですか?」
「そうなんです!せっかく可愛いバレッタを頂いたので、お団子にしてみました」
えへへ、似合ってますか?柔らかな声色から分かる、照れくさそうな顔。通りで、彼女が歩く度に感じる髪の擦れる音も今日は聞こえないわけだ。
「ええ、とても似合っている。久しぶりに盲目の自分を恨みましたよ」
峯岸は、彼女のこの姿を見たのだろうか。自分があげた髪飾りを付ける彼女を見た感想なんて、聞かなくても分かる。こんなに分かりやすく独占欲を発揮されて気づかない方がおかしいだろう。すまし顔の峯岸を想像して、チッと心の中で舌打ちをした。
「この後は峯岸のところへ?」
「はい、そのつもりです!どんな反応をしてくれるのか楽しみで、す…?!」
彼女が言い終わる前に、その細い腕を引き寄せて私の中に閉じ込めた。
「しま、ざき…さん?」
「なんですか」
「その…離してくださいませんか?」
「嫌です」
「どうしてまた…こんなことを…」
「今の貴方を他の誰にも見せたくない、と言ったら引きますか」
彼女のためを想うのなら、本当はこんなことすべきではないのだと思う。実際、私が彼女の立場ならきっと、こんなよく分からない盲目の男より峯岸を選ぶだろう。彼女がいくら着飾ったところで、私は彼女の姿をこの目に写すことすら出来ないのだから。