第3章 音柱邸
やや上を向いた目線は遠くの空を眺めていた。
その左目は辛うじで光を感知していたが、色彩や物の形を認識することはもう無い。
「命を繋いでもらえた。あの時喪ったはずの今がある。それで十分だ。」
宇髄は、煉獄がどれ程炎柱という誉れにその身を、心を捧げていたのかを知っているつもりでいる。
しかし、それを返上すると言う事が、煉獄にとってはどれ程の喪失感を与えるのかは計り知る事は出来なかった。
「お館様から、じきに通達が有ると思う。最後まで君達と肩を並べて闘うことが出来ないのは、誠に無念ではある。」
正面を見据える煉獄の表情はいつもと変わらない様に見える。
「これからは、後進の育成に力を注ぎたいとお館様にはお伝えしている。」
「また、色々と世話になると思う。足を引っ張ってしまうこともあるかも知れない。」
「それでも、共に鬼舞辻を倒すと言う目標を追いかけさせて欲しい。」
宇髄の正面に歩み寄った煉獄は、深々と頭を下げた。
「頭を上げろ。今更、お前を切り捨てる様な奴は鬼殺隊には居ねえよ。
今までの貢献を誇れ。お前が居たから救われたもんがどれだけあったかを思い出せ。
お前の背中を追い掛ける隊士に情けないところを見せんなよ。」
宇髄の手が、煉獄の燃えるような髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「今まで、良くやったな。」
煉獄がまだ頭を下げているため、お互いの表情を知る事はない。
だが、それで良い。
男としての矜持を保ったまま、しばしの時を過ごす。
「ありがとう、宇髄。」
そう言うと煉獄はまた、先程座っていた岩に腰掛けた。
「ところで、あいつはお前の状態を知っているのか?
お前を救ったのはあいつだと鴉が言っていた。柱を引退ともなると責任を感じるんじゃないか?」
宇髄の言うあいつとはのことだとすぐにわかった。
出会って直ぐにでもわかる生真面目な性格である。
宇髄の言う通り、治癒しきれなかったと責任を感じそうだ。
「話してはいないのだか、察しているのだと思う。
はいつも俺の左側にさりげなく寄り添ってくれているんだ。」
煉獄の目は、少し伏し目がちになる。
しかし、その口角はやや持ち上がっている。
煉獄のその柔らかな表情を初めて目にした宇髄は、少し驚く。
「そりゃ、とんでもなくいい女じゃねぇか。」
軽口が風に乗って行った。